伊豆国一之宮・三嶋大社(後編)

20170709

鎮座地:静岡県三島市大宮町2丁目1−5
参拝日:2017年4月9日

総門から記事はスタートです。
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総門に注連縄が張られているのは珍しい。それも大きな注連縄だ。
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総門の中も、満開の桜です。
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〇源頼朝と北条政子の腰掛石
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神馬舎
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手水舎
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神門
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神門にも、立派な彫刻あり。
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神門をくぐると、広い空間に、舞殿、社殿が一直線に並んでいる。
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舞殿
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舞殿には、「二十四孝」を基にした彫刻が巡らされている。
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社殿は、本殿・幣殿・拝殿からなる権現造の複合社殿。いずれも総欅素木造で、国内有数の規模の社殿。
いずれも江戸時代末期の嘉永7年(安政元年、1854年)の安政東海地震後に再建されたもので、慶応2年(1866年)9月9日に落成。

拝殿は桁行七間、梁間四間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝三間、軒唐破風付で、銅瓦葺。
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千鳥破風と唐破風の二重屋根が映える。
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向背部の彫刻も見事。
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総欅素木造なのが、清々しい。
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本殿は三間社流造で、銅瓦葺。幣殿は桁行三間、梁間一間、一重、両下造で、銅板葺。
重厚な造りと、彫刻が素晴らしい。
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ご祭神は次の2柱。
大山祇命(おおやまつみのみこと)
積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)

2柱は「三嶋大神(みしまのおおかみ)」または「三嶋大明神(みしまだいみょうじん)」と総称される。

三嶋大社の祭神に関しては、古くは大山祇命祭神説・事代主神祭神説が存在した。大山祇命説は、鎌倉時代の『東関紀行』に始まって『源平盛衰記』『釈日本紀』『二十一社記』『日本書紀纂疏』等の諸史料に見える説である。三嶋神が伊予国一宮の大山祇神社(大三島神)に由来するという伝説に基づき、事代主神説が唱えられるまでは広く定着していた。一方の事代主神説は、江戸時代後期の平田篤胤の『古史伝』での主張に始まる説である。室町時代の『二十二社本縁』に「都波八重事代主神(中略)伊豆賀茂郡坐三島神、伊予国坐三島神同体坐云」とある記載に基づく。

江戸時代までの祭神は大山祇命とされていたが、幕末に事代主神説が国学者の支持を得たため、明治6年(1873年)に事代主神に改められた。その後大正期に入って大山祇命説が再浮上したため、2柱説が昭和27年(1952年)に制定されて現在に至っている。

近年の研究では、三嶋神は「御島神」すなわち伊豆諸島の神を意味するとして、上記2説とも後世の付会とする見方が有力視される。この中で、噴火の盛んな伊豆諸島で原始的な造島神・航海神として祀られたのが「ミシマ神」の始まりであるという。そして「ミシマ」の音から、後世に他の神に結び付けられたとも推測されている。

火山活動によって、海上にもたらされる幸の神と解せば、山神である大山祇命と、海の幸の神である事代主命をあわせ祀る現状が結果的には、正解だと思われる。

三嶋大明神は、三宅島を本拠とし、伊豆諸島に多くの后神や、多くの御子神を持ち、造島・開発に努め、伊豆半島東岸の白浜に、正妃・伊古奈比咩と並んで鎮座していたという。
延喜式に記載されている伊豆三嶋神社は、その当時のものだと思われるが、その後、平安中期以降に、国府のあった現在地に新宮として分祀されたのが当社。
源頼朝の崇敬が篤く、現在のような大社となった。

三嶋大明神の、伊豆諸島における后神や、御子神は『三宅記』によって知ることができる。
后神は、神津島(正后である阿波咩命)、大島(波布比売命)、三宅島(伊古奈比咩命、伊賀牟比咩命、伊波乃比咩命、佐伎多麻比咩命)、新島(久爾都比咩命)、沖ノ島(八丈島)(優波夷命)である。
御子神については省略する(御蔵島と利島は御子神のみ)。


「みしま」であるが、古代「み」とは神のことであり、「みしま」は「神の島」となる。
「神津島」も、「神つ島」であり、やはり「神の島」である。
埼玉県所沢市の博物館では、縄文時代に使われた黒曜石を産地別に展示してあるが、男鹿半島とか神津島など遠い所のものがあって、縄文人の行動範囲、交際範囲の広さに驚いたものである。
縄文時代、まだ伊豆諸島は噴火活動が盛んであり、怖い島でもあり、黒曜石の採れる貴重な島でもあった。
縄文人が伊豆諸島の神に祈りをささげたのは、当然なことと思う。


神紋は、「各切三」と「五七の桐」だそうだが、確認できたのは「五七の桐」だけであった。
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摂末社に参拝。

摂社・若宮神社
ご祭神:物忌奈乃命(ものいみなのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと、応神天皇)、神功皇后、妃大神
社格:神階帳「正五位上 第三王子并十八所御子達」、伊豆国元二宮
古くは「八幡宮」「若宮八幡宮」「若宮社」等とも称された。
祭神の物忌奈乃命は三嶋神の御子神で、神津島の物忌奈命神社の祭神である。古くは「元ツ神」と呼ばれた地主神で、大社西の二ノ宮町に鎮座したという(西若町の若宮神社付近と推定。移転時期不明)。社家は西大夫で、『吾妻鏡』では「二宮八幡宮」に料所を付す記事が見える。鎌倉時代中期の西大夫没落とともに衰退、のち「若宮」と称されるようになり、さらに大社境内に遷された。この遷座とともに三宮の浅間神社が二宮に格上げされたという。現在の社殿は慶応4年(1868年)8月20日の再建。
社地移転に関する伝承として、三嶋神が地主神の若宮八幡に藁一把分だけの土地を譲るよう頼み、若宮八幡が了承すると、三嶋神は藁束を解いて一本ずつ輪にして広大な社地を占有するに至ったと伝わる。
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摂社・見目(みるめ)神社
ご祭神:波布比売命、久爾都比咩命、伊賀牟比咩命、佐伎多麻比咩命、伊波乃比咩命、優波夷命
三嶋神の后神6柱で、総称して「見目6柱」とも。
6柱は三嶋神の后神で、「見目(みめ)」とは「御妃(みめ)」を意味するともいわれる。古くは、本社例祭の前々日に幕府から奉献された玉簾を見目神社の前で渡す儀礼が行われたという。現在の社殿は慶応4年(1868年)9月3日の再建。
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末社・東五社
ご祭神はいずれも不詳。
大楠社、天神社、聖神社、第三社、幸神社
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末社・西五社
祭神は不詳。
船寄社、飯神社、酒神社、第二社、小楠社
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〇国指定天然記念物のキンモクセイ  
舞殿の横にあり、樹齢1200年という。
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芸能殿
神門の前、右奥にあり。
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芸能殿からさらに奥に入って行くと、神鹿苑がある。
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わりと広いので、鹿も元気そうだ。
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見に来た子供も喜んでいる。
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その近くに芭蕉の句碑あり。
「どむみりと 棟や雨の 花曇り」
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宝物館
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宝物館前に、「三嶋神社」という古い社額が置いてあった。
石なので大鳥居にかかっていたものかもしれない。
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宝物館前に明治45年奉納の、江戸狛犬流れ尾型の良いものが置かれていた。
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〇元神宮斎主お手植えの檜
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これで参拝を終え、帰途につきました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

さすがに、四季歩さんは詳細にご覧になられていますね。私は数回はここに行っていますが、例えば、そんなに沢山の彫刻があったけ?と言う状態だったので、次回、行くときは、もっと詳細にチェックしなければと思いました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
神社に関しては、社殿はそんなに種類が
あるわけではなく、個性が出るのは、
やはり彫刻なので、その点はけっこう
こだわって見ていますね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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