大山阿夫利神社(延喜式内社)/神奈川県伊勢原市大山

20170728

鎮座地:神奈川県伊勢原市大山355
参拝日:2017年6月30日

この日は、歴史クラブの「関八州式内社めぐり」、相模国式内社の二回目で、寒田神社、実朝の首塚に続き、訪れました。

バスを降りて歩き出すと、大きな御神燈があり。
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ここから「こま参道」と云い、駐車場からケーブルカー乗り場まで、362段の石段の左右に土産物店や料理店が並ぶ、長~~い参道です。
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途中の休憩所で一休み。
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幹事さんが予約してくれたお店で、名物の「とうふ料理」を食べました。
名水で有名だけあって、美味しかった。
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道の反対側が旅館と云いますから、大山講の御師の家なんでしょう。
お店に「石尊大権現」の画像が飾ってありました。
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また、石段をせっせと上がります(汗)
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雲井橋まできました。
橋からの眺め。
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橋から三筋の滝が見える。
水垢離をする場所だろう。
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「龗(れい)神の神」があり。
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ケーブルの駅に到着。
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ケーブルカーには、他の客が少なく、良い場所に座れた。
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この日は、あまり天気が良くなく、眺望はイマイチ。
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到着
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ケーブル駅からは、横に移動する感じで、神社の石段の下まで行けます。
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大山の全体像
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この日は、時間の関係で、下社だけの参拝です。

石段の下まで来ました。
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大山阿夫利神社について:
大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)は、神奈川県伊勢原市の大山(別名:雨降山〈あふりやま〉)にある神社である。「阿武利」とも表記し、「あぶり」とも読む。『延喜式神名帳』に小社と記載された相模国の延喜式内社十三社の内の一社で、旧社格では県社に列している(現・神社本庁の別表神社)。

歴史:
大山は古くから山岳信仰の対象として知られ、山頂からは祭祀に使われたとされる縄文土器が発掘されるなどしている。大山は山上によく雲や霧が生じて雨を降らすことが多いとされたことから、「あめふり山」とも呼ばれ、雨乞いの対象としても知られていた。

大山阿夫利神社は、社伝によると崇神天皇の御代に創建されたとされる。延喜式神名帳では「阿夫利神社」と記載され、小社に列している。
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天平勝宝4年(西暦752年)、良弁により神宮寺として雨降山大山寺が建立され、本尊として不動明王が祀られた。以後、神仏習合が続く。

中世以降は大山寺を拠点とする修験道(大山修験)が盛んになり、源頼朝を始め、北条氏・徳川氏など、武家の崇敬を受けた。

江戸時代には当社に参詣する講(大山講)が関東各地に組織され、多くの庶民が参詣した。大山詣は6月27日から7月17日まで期間に行われる女人禁制の参詣で、特に鳶や職人の間で人気があった。大山に2つある瀧・良辧瀧と大瀧で水垢離し、頂上の石尊大権現に登り、持ってきた木太刀を神前に納め、改めて授けられた木太刀を護符として持ち帰った。また、大山祇大神は、富士山に鎮まるとされる木花咲耶姫の父であるとされたため、大山と富士山の「両詣り」も盛んとなり、「富士に登らば大山に登るべし、大山に登らば富士に登るべし」といわれた[2]。なお、一部の地域には、大山に登ると一人前として認められるという伝承があり、大山の神霊が立身出世の神とされていたことがうかがえる。

明治時代になると神仏分離令を機に巻き起こった廃仏毀釈の大波に、強い勢力を保持していた大山寺も一呑みにされる。この時期に「石尊大権現・大山寺」の称は廃され、旧来の「阿夫利神社」に改称された。明治6年(1873年)には県社に列格している。

戦後、神社本庁には属さず、昭和27年(1952年)8月より阿夫利神社本庁として単独で運営されてきたが、近年、神社本庁の傘下に入った(阿夫利神社本庁も存続)。

大山阿夫利神社下社境内図
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途中の踊り場
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途中に狛犬あり。威嚇型、年号は不明。
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石段を上がりきると鳥居。
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鳥居の前に、昭和11年奉納の、威嚇型狛犬
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もう、夏越の祓のための茅の輪が用意されていたが、まだくぐることは出来なかった。
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大型の獅子山があった。
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2013年から公開されたばかりの大型獅子山。
阿夫利神社神域にはかって狛犬や灯篭など様々な石造物があった。
江戸時代から大山崇敬者が奉納したもので、名工による獅子像や獅子山もあり〈三大獅子山・坂東三獅子〉などと称されていたという。
そのほとんどが大正12年9月の関東大震災による山津波で流失した。
なんとか昔日の面影を…と、資料などをもとに建立されたのが平成の獅子山。
「日本三大獅子山 大山獅子」と命名された。
神域ばかりでなく参詣道にあって流失した多くの獅子・狛犬再興の想いも込められているそうである。
干支の設置は、明治時代まで続いた阿夫利神社の「十二支講」を復活し、多くの人々の安寧を祈願するためという。
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獅子山の麓に置かれた干支。
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拝殿
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社額
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拝殿前の回廊には、四神旗にあたる、四神のプレートが飾られていた。
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拝殿の一隅に置かれていた狛犬。
来歴は不明だが、可愛いものだった。
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拝殿の横から、「地下巡拝道」に入っていけるようになっていて、「神泉」を汲めるようになっていた。
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地下巡拝道
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本殿
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ご祭神:
祭神[編集]
本社に大山祇大神(オオヤマツミ)
摂社奥社に大雷神(オオイカツチ)、前社に高龗神(タカオカミ)を祀る。

ただし、これらは明治になってから神仏分離の際に祀られるようになったものであり、江戸期以前の神仏習合時代には、本社には本来の祭神である石尊大権現(山頂で霊石が祀られていたことからこう呼ばれた)が祀られていた。また、摂社には、奥社に大天狗、前社に小天狗が祀られていた。


〇浅間社
当社祭神と神縁の深い富士山の祭神である木花咲耶姫、そしてその姉神にあたる磐長姫をお祀りしている。
木花咲耶姫は木の花のような繁栄を顕す美の女神、盤長姫は磐の様に強い生命力を表す長生の女神として信仰されております。
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〇大天狗の碑
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〇天満宮
亀戸の講社によって分祀された菅原道真公をお祀りしている。
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奥社への登山口
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拝殿の左側には、大きな剣とか奉納されたものが並ぶ。
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これは明治37年に川越の講から奉納された、巨大な鉄製天水桶。
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権田直助氏銅像
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権田直助(ごんだ なおすけ、1809年2月26日(文化6年1月13日) - 1887年(明治20年)6月8日)は、幕末から明治前期の国学者・神道家・医者。
武蔵国入間郡毛呂本郷(現・埼玉県入間郡毛呂山町)出身。
幼名を玄常、号は名越廼舎(なごしのや)。平田篤胤に学び尊王攘夷運動に関わる。
維新後は大学校の設立等に尽力し、晩年は神社再興の先駆者として大山阿夫利神社及び三嶋大社の長に任ぜられた。

境内の展望台の辺に、奉納する大きな木太刀を運ぶ像があり。
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境内の展望台からの眺め。
この日は天気が悪くて、あまり眺望が良くなかった。
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「無事かえる」像の頭を撫でてから、帰途につく。
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築地市場も大変だな、と話しながら石段を降りる。
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下りのケーブルカー
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途中で登りとすれ違い。
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下に着いた。
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ケーブルカー駅の近くに、「根之元神社」があり。
大山阿夫利神社の摂末社ではなく、独立したお宮さんだった。
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おお、大山に行かれたのですね。でも、ケーブルカー経由で、頂上まで行かずに、神社までと言うことですね。

丹沢と言えば、山ヒルですが、どうだったでしょうか。5年前位に比較して、減ったような感じなのですが。

大山と言えば、最後に行った時、持参した水を飲み尽くしてしまい、喉カラカラ状態で、神社に着いて、神社内の水を飲んだ記憶があります。その時はもう疲れ切ってしまって、バス停まで行くのがヨロヨロ状態でした。完全に脱水状態だったのでしょうね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
「相模国式内社めぐり」ということで、この日に
5ケ所巡る日程ですから、下社だけでした。
もう一度奥社に参拝しに行こうとは思っています。
ということで、山ヒルが出るようなところ
にも行きませんでした。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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