FC2ブログ

銅造聖観世音菩薩立像(庚申供養)/狭山市・円光寺

20170905

所在地:埼玉県狭山市柏原1027 円光寺

庚申塔としては、江戸時代に三猿や青面金剛を主尊とする庚申塔が確立されるが、それまでは仏像から採られているものが多く、狭山市で一番古いのが、先にアップした天文3年(1534)の板碑庚申塔です。
それに続くのが、今回の元亀3年(1572)に建立された銅造聖観世音菩薩立像です。

塔身:銅造聖観世音菩薩立像
主尊:聖観世音菩薩
造立年代:元亀3年(1572)

元亀3年といえば、徳川家康が武田信玄に惨敗した「三方ヶ原の戦い」のあった年です。

像高は46.5Cm
背中に「敬白大工神田 武州高麗郡柏原村 元亀三年 円光寺庚申供養」と刻まれており、庚申信仰の本尊であることがわかります。

銅造聖観世音菩薩立像
170905bosatsu01.jpg


背面の銘文
170905bosatsu02.jpg


銘文詳細
170905bosatsu03.jpg


また、この銘文から柏原の鋳物師「神田氏」が鋳造したものであることがわかります。

柏原という地は、応永年間(1394~1428)に奈良県の大和郡山から槍鍛冶の「増田大水正金」が移住してきて、槍鍛冶をしており、後北条氏(小田原北条氏)の領地だった時代は、年貢を槍と刀で納めていたことがわかっています。
当時は、入間川から採れる砂鉄を利用して、製鉄などで栄えていたようです。


ちなみに、お隣の川越市立博物館の企画展「民間信仰のかたち」での図録の巻頭をこの銅造聖観世音菩薩立像が飾っています。
170905bosatsu04.jpg


170905bosatsu05.jpg


(了)


「庚申塔の探訪記事一覧」に飛ぶ





スポンサーサイト



コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ううん、私にとっては、前回のような板碑ならばともかく、銅製の仏像でしたら、歴史的にはともかく、見た目では所謂、庚申塔とはあまりに違い過ぎでね。やはり、私にとっては、庚申塔は屋外にある石造りのもの、それも三猿があるものだと思います。

matsumo さん

コメントありがとうございます。

matsumoさんのサイトですが、コメントを書きこもうとするのですが、
理由がわからずエラーとなってしまい、書き込めません。
色々書き直しては、またエラーとなってしまいます。
それが何日も続いて、めげています。
特に禁句と思われるものは使用していないのですが、
言葉を変えて見たり、泣いています。

No title

四季歩さん、こんにちは

拙ブログの禁止用語、ここ数年間は全く追加等を行っていません。拙ブログを始めた頃、エログの宣伝コメントが沢山、入ったのでエロ関係の禁止用語を設定したのですが、昨日、とりあえず、全部、リセットして、削除しました。もし、これで、エログのコメントが入ったら、また、禁止用語を設定するつもりです。

なお、なぜか、私がコメントする時、「レンゲショウマ」はなぜか、ダメでしたが、今後は大丈夫だと思います。

matsumoさん

昨夜は、OKだったので不思議に
思っていました。
「レンゲショウマ」が引っかかっていたとは、
それで納得です。
レンゲショウマの写真が良いので、
連日その名前を入れてコメントしていました(笑)
良かったです。
ありがとうございました。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop