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三猿庚申塔/狭山市・堀兼神社-2

20170915

所在地:埼玉県狭山市大字堀兼 堀兼神社

前回狭山市の庚申塔のうち三猿庚申塔で一番古いものを取あげましたが、それに続く古いものが、同じ堀兼神社境内にあります。

堀兼神社
170915hori01.jpg


その境内に石仏が並んでおり、向かって右から二番目にあるのが今回の庚申塔。
170915hori02.jpg


塔身:駒形
主尊:三猿
日月:浮彫、瑞雲付き
造立年代:延宝5年(1677)

塔身は駒形で、真ん中に主尊の三猿が彫られている。
170915hori03.jpg


銘文詳細
170915hori04.jpg


日月は、同じ場所にあるもっと古い寛文9年(1669)のものが単なる筋彫なのに対して、今回のものは浮き彫りになり瑞雲も付いている。
三猿は、風化が激しく顔など分からなくなっているが、「見ざる聞かざる言わざる」の様子は判る。
170915hori05.jpg


施主の名前であるが、寛文9年(1669)のものには、「尉」が付いていて、これは奈良時代律令制における官位名である。その頃、この地域で何らかの役目をしていた家系であろうが、中世までこういう名乗りをしていた。
しかし、今回の庚申塔では、「尉」の付かない名前になっており、江戸幕府が中世の土豪的色彩の強い農民を改めさせ、幕藩体制を確立させたことを物語っている。
170915hori06.jpg



(了)

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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この神社の前回の庚申塔は「供養」と彫られていましたから、先祖の供養のためだと思いますが、今回のものは名前だけなのですね。と言うことは、こちらは、庚申を信じていると言うことですよね。それとも、彫られていなくても、先祖供養と言うことなのでしょうか。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
「先祖供養」と彫られていれば、間違いないですが、
彫ってなくても入っているのか、と聞かれると、
言い切れません。
庚申講の講の中身は、講によって様々で、
富士信仰と習合していたり、講を構成する人たちに寄って、
異なっていたようです。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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