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麦屋まつり/富山県南砺市城端

20170921

所用があり、16日から18日まで家族で北陸に帰っていました。
16日は富山県南砺市福光で用事を済ませ、その後ちょうどこの日は城端で「麦屋まつり」があったので、楽しみました。
平家落人部落として有名なのが「白川郷」と「五箇山」です。
隣接していて、岐阜県側が「白川郷」、富山県側が「五箇山」となります。

約800年前、権勢と栄華を極めた平家一門は屋島・壇の浦の合戦に敗れてついに滅亡。日本各所へ落ちのびた平氏の中に、人里離れた越中五箇山を安住の地とした人々がいました。慣れない山仕事や農作業の合間に落人たちが都を偲んで唄い踊ったのが麦屋節の始まりだと言われています。 哀調を帯びた旋律にのせて描かれる落人たちの切なる心模様。凛とした気概を映し出す風格ある舞い。その独特の魅力は富山県を代表する祭として、人々の心を魅了しつづけています。

「五箇山」の麓にあるのが城端(じょうはな)町で、この日は五箇山と城端でそれぞれ「麦屋まつり」があります。

何か所かに会場が設けられていましたが、私たちは「城端別院善徳寺会場」と「浄念寺会場」で楽しみました。
170821mugiya01.png


【城端別院善徳寺会場】
善徳寺は、浄土真宗大谷派の別院です。

踊りは、本堂の回廊で奉納されます。
170821mugiya02.png


●麦屋節/善徳寺
この唄の歌詞には、平家の落人であることが唄いこまれています。

主な歌詞:
麦や菜種は二年で刈るが
麻が刈らりょか 半土用に

浪の屋島を遠くのがれ来て
薪(たきぎ)こるてふ 深山辺(みやまべ)に

烏帽子(えぼし)狩衣(かりぎぬ)脱ぎうちすてて
今は越路(こしじ)の杣刀(そまがたな)

心淋しや落ち行くみちは
川の鳴瀬と鹿の声

川の鳴瀬に布機たてて
波に織らせて岩に着しょう

鮎は瀬につく鳥は木に止まる
人は情の下に住む

麦屋踊りを動画で撮りました。

その動画を見る


●古代神(こだいじん)/善徳寺
 「古代神」は五箇山三村で、麦屋節についで重要なレパートリーで、飛騨白川郷でも盛んに歌われている。「小大臣」ともいわれ越後の「新保広大寺」の系統をひき、江戸時代中期に五箇山に入り明治の頃には製紙の作業歌として歌われ軽妙な楽しい歌です。

主な歌詞:
○家のサーエ 小娘ふじゃけたじゃけた 赤い襷を ちょいちょいかけて
背戸の小川へ 朝水汲みに 船の船頭さんに 晒三尺もろた
  何に染めよかと 紺屋の兄さんに問えば  一に朝顔 二に杜若
 三に下がり藤 四に獅子牡丹 五つ伊山の千本桜 六つ紫 桔梗に染めて
  七つ南天 八つ八重桜 九つ小梅を ちらしに染めて
  十で殿御の 好きなように染めやしゃんせ サーエ

○おらちゃサーエ お背戸に山椒の木がござる そのマ山椒の木に 蜂が巣をかけた
  蜂も蜂かよ 足長蜂じゃ 羽が四枚あって 足が六本ござる
  そのマ蜂めは 尻に剣もござる わしとお駒が 御拝の縁で
  心中話をしておりますと そこへ蜂めが パーッと来て チクリ刺す
  ツーッと来ちゃ チクリ刺す
  わしもそのときゃ 死ぬかやと思うた サ-エ

動画を撮ってきてアップしましたが、二つの地域の踊りを繋げてあります。
地域に寄って踊りが違うのを楽しんでください。

その動画を見る


●といちんさ節/善徳寺
「といちんさ」は、五箇山地方に生息する日本一小さい鳥「みそさざい」をこの地方では「サイチン」と云い、水屋の樋(とい)のそばで遊んでいる様子を「トイのサイチン」と言っていたものが詰まって「といちんさ」となりました。春を告げるサイチンの歯切れの良い鳴き声や軽やかな動きが唄のテンポや明るさにも現れています。


歌詞:
樋のサイチン機(はた)織る音に
ア トイチン トイチン トイチンサー
ヤーサレーチ トチレチ トイチンサ トイチンサ
拍子そろえてサーサうたいだす
ア やれかけはやせよ トイチンサ トイチンレチヤサレチ

わしがナー 若いときゃ 五尺の袖で
道のナ 小草も サーサなびかせた

鳥がナーうたえば
早や夜も明けて
紙屋ナーのぞきの
サーサー窓もはる

声はナーかれても
まだ木(気)は枯れぬ
藤のナー花咲く
サーサほととぎす

来いナーと言われて
手で招かれず
笹のナー五笹(いささ)の
サーサ葉で招く


動画は、「といちんさ」を少女たちが踊ったのを撮りました。

その動画を見る



【浄念寺会場】
続いて、浄念寺会場に移動して見ました。
小雨が降りだしていて、囃し手はお堂の屋根の下で、踊り手さんは小雨の中濡れて踊っていました。
会場は坂の途中で、私たちは坂の上のほうから見下ろす形で見ていました。
170821mugiya03.png


●麦屋節/浄念寺会場

その動画を見る


●古代神・四つ竹節/善徳寺
「四ツ竹節」は五箇山地方に伝承されている盆踊り唄。
この唄が「四ツ竹節」と呼ばれて歌われるようになったのは昭和30年頃からで、それまでは「島心中」の名で歌われていた長編の口説きでした。
昭和30年頃平村に転勤してきた教員が歌詞を作り「島心中」のメロディで歌うようになってから広がりました。
伴奏楽器には『四つ竹』が入ることから「四つ竹節」となったといいます。

主な歌詞:
<なげ節>
○牛と主との 心の通い 手綱便りに 道語る
○牛は六歳七ツが盛り 人は二十一、二が盛り  <ハイ トッパメー>

<追分>
○五斗俵かづいてもイナ 道若杉ぬイナ (ハ オッソコソコソコ)
  男伊達なら 二俵かづくイナ (ハ オッソコソコソコ)      (以下、唄ばやし同様)
○五斗俵二俵はイナ 及びもないがイナ  せめて楮(こうぞ)の いわごいをイナ
○姿見えねどイナ 朝霧ついてイナ 唄は追分 鈴の音イナ
○朴峠(ぼとうげ)追分イナ 身の毛もよだつイナ  下は谷底 人喰らいイナ
○牛の二俵はイナ 鈴の音高いイナ 追うは無駄ごと ひかれづめイナ
○高い山からイナ 谷底見ればイナ 瓜や茄子の 花盛イナ 

その動画を見る



その後、「じゃんとこい・むぎや」(よさこい)を見ようと会場に向かいましたが、残念ながら雨のため中止となった直後でした。
一時間半くらい、麦屋踊りを中心に見られたので、満足してホテルに向かいました。

(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

週末は富山に帰られていたのですね。それにしても、ちょうど、お祭りの日で良かったですね! でも、途中で雨で中止になったとのこと、残念でしたね。

さて、映像、5本、観せていただきました。この手のもので、以前、北区の熊野神社の「白酒の歌」を観たことがありますが、そこでは参加している人達がみんな80歳を越えるのではと思うような老人達に比べて、映像、5本共、若い人達が行っているのには感心しました。伝統が良い方向で進んでいるのは良いですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
過疎化は、ある程度は進んでいるでしょうが、
町おこしなどの努力によって、少しは
歯止めがされているのだと思います。
祭りには帰ってきて踊るという人も多いみたいですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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