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太平山(おおひらさん)神社

20171009

鎮座地:栃木県栃木市平井町659
参拝日:2017年8月30日

この日は、歴史クラブで催行する定例見学会「蔵の町・栃木市」の下見で訪れた。
この神社に参拝するには、東武日光線かJR両毛線の栃木駅からバスで「国学院栃木」まで行き、そこから1000段の石段を上がることになる。
それでは、足が覚束ないという人は、タクシーで境内までいくことが出来る。
そこまでは、という人は随神門前までタクシーで行き、そこからの230段の石段を上がることがお薦めだ。
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ここでは、1000段石段を下から上がって案内する。

バス停から歩いてすぐに、「あじさい坂」が始まる。
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二の鳥居(神明鳥居)
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この鳥居の横に、「六角堂」がある。
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天長2年(825)、比叡山延暦寺の天台座主慈覚大師の開創で、もとは太平山の別当寺、現在の太平山神社境内にありました。

江戸前期の寛永18年(1641)に、東叡山寛永寺の直末に補された天台宗の大寺で、三光院、報恩院、多門院、安楽院の四寺を支配していた。
ご本尊は、慈覚大師作と伝えられ、県内で最も古い木造彫刻の虚空蔵菩薩で、平成2年(1990)県指定有形文化財(彫刻)となりました。

その後、明治元年(1868)の神仏分離令により、太平山の旭岳(現在の太平少年自然の家敷地)に仮堂を建て移転しました。
この仮堂は、明治35年(1902)の暴風雨の際、堂宇が崩壊し、同年信徒有志の浄財により、現在地に京都頂法寺の六角堂を模し堂宇を建立したため、通称六角堂とよばれ、平成6年(1994)市指定有形文化財(建造物)となりました。

下から入り直します。
昭和20年奉納の狛犬が居ます。神仏習合の名残。
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六角堂
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そこから坂を上がっていきます。
また神明鳥居があり。
この辺は、僅かな段差で石段となっているが、数えてみた結果、これも1000段に入っている(笑)
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上がっていくと、社号標、鳥居、神橋がセットになったところに出た。
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「大平宮」の額がかかった銅製明神鳥居
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そこからまた上がっていくと、両側の藪の中に狛犬あり。
奉納年代は不明。
両方ともに阿形。
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大きな杉の木が。
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根元に秋海棠が咲いていた。
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ちょっとした踊り場に出た。
左手に行くと「太平沢園地」
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やっと、上のほうに赤い随身門が見えた。
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随神門に到着。
770段上がってきたことになる。
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随神門
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現在は、表に随神が侍っている。
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随神門をくぐると、天井には龍の絵が。
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仁王さんは、以前と異なり裏側に回っている。
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ここで、太平山神社の由緒を、神社の由緒書きから載せておく。
御鎮座略記:
太平山神社の歴史は、『諸神座記』をはじめとする多くの古文書によれば、第11代垂仁天皇の御代に、大物主神(おおものぬしのかみ)・天日一大神(あめのまひとつのおおかみ)が三輪山(現在の太平山)に鎮座されたときに始まると云われております。今からおよそ二千年も昔のことですが、太平山は非常に古くから信仰されていた山であったことが伺い知れます。
 太平山は「天長四年に慈覚大師が開山した山」として、今日に伝わっておりますが、『太平山開山記』によれば、「円仁(慈覚大師)は何年にもわたり太平山の入山を拒否されていたが、淳和天皇の御代の天長4年(827)、天皇の勅額を奉じることで、ついに入山を果たした」とあります。また、「太平山神社」という社号は、「天下太平を祈る社」として、勅額とともに淳和天皇から賜ったとも伝えられています。
 これ以降、太平山は神仏をまつる山となり、中世までには、神仏鎮まる御山として一大宗教の霊地となり、神社や寺院が八十余も遷座・建立されました。
 明徳2年(1392)には、後小松天皇から「太平山神社」の額を奉じられましたが、これら淳和・後小松両天皇の額は、天正13年(1585)の戦火で焼失してしまいました。
 戦国時代に「後北条氏と対立する上杉謙信が太平山から関東を臨んだ」という言い伝えが残っているように、関東平野を広く一望できる霊地に太平山神社は鎮座しております。天正年間に兵火によって社殿が焼失してしまう不幸がありましたが、近世の初期には速くも復興し、徳川幕府から朱印地を認められました。三代将軍家光の時代には、春日局が将軍のお世継ぎ誕生を祈願したことでも知られております。また、『雲上明鑑』『雲上明覧』には「下野太平山宮司」「野州 大平山神主」「野州 大平山別常」と記載されており、武家伝奏を通して朝廷に執奏する社でもありました。寛政年中(1789~1801)には「御願御抱場」とされるなど、民衆のみならず朝廷や幕府からも「天下太平を祈る社」として信仰されていました。
 太平山神社は、様々な歴史を経てまいりましたが、古い昔から、多くの人々の心を支え続けてきたのです。

御神徳記:
 太平山神社は瓊瓊杵命(ににぎのみこと)、天照皇大御神(あまてらすおおみかみ)、豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)をはじめ、多くの神様をお祀りしています。
 第53代淳和天皇の御代、風水害や疫病などで人々は苦しんでおりました。それに天皇は御心を痛められ、「下野国(今の栃木県)の霊峰三輪山(現在の太平山)に天下太平を祈る社を造営せよ」との詔を賜り、日の神であり太陽のように命を育む「天照皇大御神」、月のように人々に安らぎを与える「豊受姫大神」、星のように人生の道案内をしてくださる「瓊瓊杵命」、この「日・月・星」の御神徳をあらわす三座の神様をお祀りする社が造営されました。すると忽ち世の中は治まり、大いによろこばれた浮和天皇は、「太平山神社」の勅額を下賜されたのです。
 そして、もともと此地で劔宮(つるぎのみや)、または武治宮(ふじのみや)としてお祀りされていた神様は、奥宮として鎮まりました。
 以来、太平山に鎮座なされる神々は、「国を太平に治め、社会を平和に導き、家内の安全を守り、商業を繁栄に導き、人々を守護する祈願成就の神様」として万民の心を支え、篤く信仰されるようになりました。
 「おさめの神が鎮まります御山」である太平山には、御神徳あらたかな神々が鎮座しており、多くの祭典が執り行われ、人々の幸せを祈り続けているのです。


天日一大神(あめのまひとつのおおかみ)は、日本神話に登場する製鉄・鍛冶の神であることが注目される。

随神門のすぐ後ろに、狛犬が居たが、これは天保13年(1842)奉納のもの。
驚いたのは、右の阿形が逆立ちをして、左の吽形が構えている。
これは北陸の金沢を中心に分布している「金沢型」とまったく同じ姿勢だ。
しかし、「金沢型」は明治になってからと云われているから、こちらの方が早い。
この辺に同じ発想をした石工さんが居たということだろうが、驚いた。
阿形の逆立ちのほうが、一部壊れているのが痛々しい。
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また、せっせと上がる。
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この辺は、けっこう傾斜がきつい。
今くぐってきた随神門を見下ろす。
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二代目横綱「綾川五郎治」受け止めの石
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境内の石垣のところまで来た。
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銅の明神鳥居
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掲額には「三光神社」とあり。
後になって祭神となった三神を「三光」としたのだろう。
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最後の石段
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勅使門
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境内に到着
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手水舎
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ここは、拝殿は無く、本殿のみとなる。
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御祭神は、天照皇大御神、豊受姫大神、竣竣杵命

本殿前の狛犬は、宝珠・角型。
通常と異なり、右側に角を持った獅子が居る。
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左側に、宝珠を載せた獅子。
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境内の案内図によって、境内社に参拝。
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ご神石
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交通安全神社
ご祭神:猿田彦命
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福神社
御祭神:恵比須神、大国主命
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蛇神社
御祭神:蛇神様(水神様)
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星宮
ご祭神:磐裂根裂神、天之加々背男命、天海水木土火金地
子易神社
ご祭神:木花開耶姫
天満宮文章學社
ご祭神:菅原道真公、莬道稚郎子命
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太平山稲荷神社
ご祭神:豊宇気毘売神
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三輪神社
ご祭神:大物主大神、大巳貴大神、少彦名神
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このお宮の横に立っている灯篭は、一つの石から出来ているとのこと。

足尾神社
ご祭神:日本武尊(天狗様)
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たくさんの下駄が奉納されていた。
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皇大神宮・稲荷神社・厳島神社・上宮神社・天満宮・大杉神社・織姫神社・浅間神社・愛宕神社・八幡神社
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神馬舎
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覗いて吃驚した。
金の神馬であった。
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これで参拝を終え、下界を見下ろす。
天気が悪かったので、この程度しか見えないが、天気が良いと素晴らしい景色だろう。
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ここ、多分、行っていると思いますが、その時はフィルムカメラ時代だったので、あまり写真も撮っていないこともあり、記憶にはほとんどありません。覚えているのは、東武鉄道・新大平下駅より歩いて、謙信平に出て、それから神社の方に行ったことです。

この神社の紫陽花、結構、有名なので、その内、行きたいと思っているのですが。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
そうすると、私が登ったのと反対側から
登ったわけですね。
あじさいの写真となると、matsumoさんは、
花を求めて、どこにでも出かけてますからね。
その写真を期待してます。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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