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猿田彦命庚申塔/狭山市・中新田

20171114

所在地:埼玉県狭山市大字堀兼中新田F氏宅

この像は、一時期埋もれていたのを、昭和20年(1945)に坂戸市の桜井春吉氏が発掘して再建したもの。

個人のお宅の庭先にある
171114saruta01.jpg


像全景
171114saruta02.jpg


171114saruta03.jpg


銘文詳細
171114saruta04.jpg


台座正面の人名は、造立当初のものと思われる。
再建時に、像容の一部を削り取り、新たに種子を彫り加えている。
最初に建てられたときの年号は追刻のため不明となった。

塔身:駒形
主尊:猿田彦命
日月:筋彫三日月瑞雲
主尊の特徴:冠をつけ、右手に笏を持つ
脇侍:なし
造立年代:不明、昭和20年追刻

上部中央に三日月と瑞雲があるが、何かを削り取って彫加えたようにも見える。
171114saruta05.jpg


冠をつけ、右手に笏を持つ。
左手は何をもっているかは不明。
坐像だろうが、下半身はあらかた削り取られていてわからなくなっている。
171114saruta06.jpg


猿田彦命を本尊とする庚申塔は、狭山市ではこれだけであり、像容が不確かになってしまっていねことが残念でならない。
猿田彦命は旧高麗郡に多い白髪神社の祭神とされているが、庚申信仰の中にもこの神を本尊としたものがあったことがわかる。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

昭和20年と言えば、戦争の終わり直前あるいは終わったばかりの時の混乱期で、食べるものもろくになかった時代ですから、その時に、仏像が彫られた石を見つけて、それをより良くするために手を加えたと言うことですから、たいしたものだと思います。

終戦直後の様子を母に聞いたことがありますが、おなかが空いて空いてしょうがなかったのだそうです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私はちょうど終戦の年に生まれました。
山村だったので、基本的な食べ物はあったようですが、
私が母に聞いたのは、甘いものが無かったので、
お前たちは可哀そうだった、と云ってました。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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