綺日女命(かむはたひめのみこと)/日本の神々の話

20171118

記紀には登場せず、『常陸国風土記』に登場する神。

常陸国式内社長幡部神社(茨城県常陸太田市)の祭神。

『常陸国風土記』久慈郡条に「長幡部の社」に関する記事が載っている。

『常陸国風土記』の久慈の郡:
郡の西10里に静織(しどり)の里あり、上古の時、綾(しず)を織る機を知る人が無かったが、初めて織った。
郡の東7里、太田の郷に長幡部の社あり。古老がいう。珠売美万命(すめみまのみこと=ニ二ギ)が天より降る時、御服を織ろうとして、一緒に降りた神、名は綺日女命(かむはたひめ)、もと、筑紫の日向のニ所の峯より三野国引津根の丘に至った。のちに崇神天皇の世、長幡部の遠祖、多弖命が三野から久慈に移る。機殿を造り初めて織った。絁(あしきぬ)を織る時に、たやすく人に見られないように、屋の扉を閉めて闇内にして織った。これに因んで烏織(うはた)と名づけた。
織ったものはそのまま服となるので、内幡と云う。刀でも簡単に切れないもの。いま、年毎に別神の調(みつぎ)として献上した。
注記
・静織:倭文神社の倭文(しず)という織物。
・三野国引津根:美濃国神明帳に不破郡引常明神とある(関ヶ原垂井辺り)。
・多弖命:長幡部の部曲の氏族。
・烏幡:カラスではなく水鳥のこと。

※拙HPの「日本の神々記事一覧」に「引常明神」は既に記事にしています。

これによると、珠売美万命(すめみまのみこと=ニニギ)が天から降臨した際に綺日女命が従い、日向から美濃に至ったという。そして崇神天皇の御世に長幡部の遠祖・多弖命が美濃から久慈に遷り、機殿を建てて初めて織ったと伝える。

社名にある「長幡」とは絹織物の一種・絁を指す言葉で、「長幡部」とはそれを織る技術者集団を表す。文献上の長幡部氏には、皇別氏族と渡来系氏族が見られる。『新撰姓氏録』逸文の阿智王条では、長幡部の祖は帰化した「七姓漢人」のうち皀(こう)姓で、末裔に佐波多村主(さはたのすぐり)がいると記す。また『古事記』開化天皇段によれば、日子坐(開化天皇第3皇子)の子・神大根王(かむおおねのきみ)が長幡部の祖とし、美濃の本巣国造と同族であるという。

ここに登場する長幡部について、『古事記』の開化天皇の記には、「次に神大根王は、三野(美濃)国の本巣国造、長幡部連(ながはたべのむらじ)の始祖」と、いう一文があります。
神大根王は、ヤマトタケルの兄オオウスが妻にしたふたりの姫の父ですが、美濃から移って来たとある多弖命の「多弖」は「オオテ」と読むことができるので、神大根王のことではないか、とも言われている。

綺日女命(かむはたひめ)は、珠売美萬命(ニニギ)が天降ったときに同行していることや、織物の神ということ、および字面から、姉の栲幡千千姫 ( たくはたちちひめ )別名手長幡姫(たなばたひめ)の異名ともとれる。
栲幡千千姫は、愛知県一宮市の真清田神社摂社「服織神社」の祭神であり、「引常明神」と相まって、美濃と久慈との強い関係が伺える。

※拙HPの「日本の神々記事一覧」に「栲幡千千姫」は既に記事にしています。


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