高部屋神社(延喜式内論社)/神奈川県伊勢原市

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鎮座地:神奈川県伊勢原市下糟屋2202
参拝日:参拝日:2017年12月1日

この日は、歴史クラブの「関八州式内社めぐり」相模国の三回目で、石楯尾神社、有鹿神社、大田道灌墓所に続き当神社に参拝しました。

社号標
式内社 相模国大住郡四座の内 高部屋神社(小)、旧社格:村社
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かってはこの神社と同名の大住郡高部屋村の村社であり、またこの地区を含む糟屋庄の総鎮守としても崇敬された。

創建年代は不詳。『延喜式神名帳』に相模国13座の内の1社と記載されており、大住郡127ヶ村の惣鎮守であった。ただし、伊勢原市高森にある高森神社も、式内社「高部屋神社」の論社の一つとされており、この神社が明治の神仏分離令以前は「高部屋神社」という呼び名であったと伝えられていることに加え、棟木や鳥居脇の石碑(裏側)に「高部屋神社」という銘文が残されていることもその理由として挙げられる。

鎌倉時代に、糟屋庄の地頭であった源頼朝の家人「糟屋藤太左兵衛尉有季」が、高部屋神社を守護神として新たな社殿を造営した。
至徳3年(1386年)12月に河内守宗国によって造られ、平秀憲が寄進した銅鐘は神奈川県指定重要文化財に指定されている。
天文20年(1551年)に地頭の渡辺石見守が社殿を再興した。
天正19年(1591年)11月に徳川家康より社領10石の御朱印を賜る。
江戸時代中期頃まで別名「糟屋八幡宮」と呼ばれた。

※糟屋有季
 相模国大住郡糟屋荘・荘司だった糟屋盛久の子。
源頼朝に仕え、比企能員の娘を妻としたが、1203年(建仁3年)の比企氏の乱で比企一族とともに討死。
乱後、一族は後鳥羽上皇の仕えていたが、承久の乱で討死したのだという。
有季は自らの館に誉田別命を祀る新たな社殿を造営。
そのため、高部屋神社は糟屋八幡宮とも呼ばれ、京都の萬福寺七世・悦山道宗揮毫という「八幡宮」の扁額が残されている。

神事に用いられる鎌倉時代以降の雅楽面三面の古面や、京都府宇治市にある黄檗山萬福寺7世・悦山道宗(中国福建省泉州府晋江県からの渡来僧)が元禄初期に揮毫した「八幡宮」の扁額がある。本殿前の狛犬を寄進した行按・行白も黄檗宗の僧で、一時期、別当神宮寺とともに黄檗宗との関係が深かったと思われる。

明神式鳥居
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境内
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手水舎
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拝殿
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拝殿及び幣殿は、江戸時代の慶応元年(1865)の建立で、正面の柱には龍の彫物が巻き付き、軒下には亀に出会う浦島太郎、その上には竜宮城と乙姫が彫り込まれています。平成24年には屋根工事が行われ、従来どおりの茅葺きに葺き替えられました。市内では唯一、県内でも貴重な茅葺き屋根の社殿となっています。

向拝部
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向拝屋根は唐破風で、破風下の彫刻は飛龍。
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向拝中備えの彫刻が浦島太郎の彫刻
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下段に「浦島太郎と迎えに来た亀」、上段に「竜宮城と乙姫」
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向拝柱に巻き付く龍の彫刻と、目貫下の麒麟の彫刻
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向拝屋根に降り懸魚、随分と反った海老虹梁、海老虹梁下の彫刻、手挟みの彫刻と随分と凝ってました。
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山岡鉄舟の筆による「髙部屋神社」の社号額
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拝殿内部
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茅葺き屋根が良いですね。
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拝殿と本殿の間には入れるようになっている。
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本殿前には、享保12年(1727)に黄檗宗の僧行按・行白が寄進した狛犬が居ます。
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右の阿形の台座に行按の名が。
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左の吽形の台座に行白の名があります。
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本殿は、正面の柱間が五つある五間社流造という格式の高い構造で、県内では国指定重要文化財の鶴岡八幡宮若宮社殿(鎌倉市)、箱根神社本殿(箱根町)、六所神社本殿(大磯町)といった名だたる神社にしか見られません。
関東大震災による倒壊後、昭和4年に再建されたものですが、倒壊前(正保(しょうほう)4年、1647築)の旧本殿の漆塗りの残る扉など、主要な古材が数多く再利用されています。再建に当たって、旧本殿の持つ江戸時代前期の雰囲気を残す努力が見られ、当時の関係者の想いを知ることができます。
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前の流れ屋根が長い!
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降り懸魚が二つも飾られている。
上が麒麟の彫刻
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下が霊亀の彫刻
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脇障子の彫刻
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ご祭神:
・神倭伊波礼彦命 (かんやまといわれひこのみこと)=神武天皇
・誉田別命 (ほむだわけのみこと)=応神天皇
・三筒男命 (みつつおのみこと)=住吉三神
・大鷦鶺命 (おおさざきのみこと)=仁徳天皇
・息気長足姫命 (おきながたらしひめのみこと)=神功皇后
・磐之姫命 (いわのひめのみこと)=仁徳天皇の后

境内社は、稲荷社、水神社、庚申社、愛染明王、八坂神社、金刀比羅宮があるとのことだが、確認したのは金刀比羅宮だけでした。
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1386年(至徳3年)12月に河内守国宗が鋳造し、平秀憲によって奉納された銅鐘(神奈川県の重要文化財)。
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神楽殿
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ご神木の大銀杏
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脇の入り口の横に巨大な根があった。
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(了)


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コメント

No title

突然の訪問、失礼いたします。
私はこちら⇒b--n.net
でブログをやっているさくらといいます。
色々なブログをみて勉強させていただいています。
もしよろしかったら相互リンクをお願いできないでしょうか?
「やってもいいよ」という方はコメントを返してくだされば、
私もリンクさせていただきます。
よろしくお願いします^^

No title

四季歩さん、こんにちは

今時、神社で茅葺きと言うのは珍しいですね。5年前に行ったそうですが、銅板葺きにするのと金銭的にはどの程度、違うのでしょうか。それにしても、ここの彫刻、素晴らしいですね!

matsumoさん

コメントありがとうございます。
今は、萱を確保するのが難しい状況でしょう。
私の富山の家は、茅葺き合掌造りでしたが、
三十年くらい前に、萱が確保できなくて、葺き替えを
あきらめて、上からトタンで覆ってしまいました。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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