浅草から千住大橋探訪(前半)

20180320

6日に歴史クラブ行事で歩きました。

コースは、浅草駅 ⇒今戸橋跡⇒①浅草弾左衛門墓(本龍寺)⇒ ②山谷堀・吉原土手(山谷堀公園 ⇒ 紙洗橋 ⇒ 地方橋 ⇒ 吉原大門跡 )⇒ ③東禅寺(江戸六地蔵)⇒ 吉野通り ⇒小塚原刑場跡・首切り地蔵 ⇒ 小塚原回向院 ⇒ 円通寺 ⇒ 日光街道 ⇒ 素盞雄神社 ⇒千住大橋
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江戸繪図ではこうなります。
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地下鉄浅草駅から、隅田川テラスに出ます。
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隅田川沿いに歩く。
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小さいけれど梅林もありました。
枝垂れ梅とスカイツリー
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【今戸橋跡】
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【①浅草弾左衛門墓(本龍寺)】
・弾左衛門が賤民階級を支配する権利を最初に認めたのは源頼朝。
・天正18年(1590)家康の入府の際、大手町の近くに住んでいた弾左衛門が頼朝の朱印状を提示したので各種の特権を得た。
・四代目弾左衛門が鳥越から今戸に移ったのが正保2年(1645)。この頃には権力が関八州に及び、「百万石以上の諸侯にも比すべし」と云われた。
・十三代目矢野弾左衛門の墓が本龍寺にある。(今戸に移ってからなので、墓には十代とある)

本龍寺入り口
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本堂
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十三代目矢野弾左衛門の墓
右側が十三代目矢野弾左衛門(十代目)、左側が十一代目(八代目)
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【②山谷堀(さんやぼり)】
正確な築年数は不明だが、江戸初期に荒川の氾濫を防ぐため、箕輪(三ノ輪)から大川(隅田川)への出入口である今戸まで造られた。現在は埋め立てられ、日本堤から隅田川入口までの約700mが台東区立の「山谷堀公園」として整備されている。
江戸時代には、新吉原遊郭への水上路として、隅田川から遊郭入口の大門近くまで猪牙舟が遊客を乗せて行き来し、吉原通いを「山谷通い」とも言った。船での吉原行きは陸路よりも優雅で粋とされた。界隈には船宿や料理屋などが建ち並び、「堀」と言えば、山谷堀を指すくらいに有名な場所だった。
戦後の売春防止法による吉原閉鎖後、1975年までにすべて埋め立てられた。
水源は石神井用水(音無川)である。水流は根岸から三ノ輪を通って、隅田川まで続いていた。埋め立てられる前の山谷堀には、今戸橋・聖天橋・吉野橋・正法寺橋・山谷堀橋・紙洗橋・地方新橋・地方橋・日本堤橋の九つの橋があった。
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前日の雨で、ちょっと水が溜まっていて川らしい感じに。
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聖天橋跡
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遊水公園みたいになっている。
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正法寺橋跡
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山谷堀橋まで来ると、先は工事中のため、道を一本ずれる。
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紙洗橋交差点
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紙洗橋の名前は、この付近で作られていた浅草紙に由来する。浅草紙は、古紙や紙くずを原料にした漉返紙(ちり紙)で、吉原の遊女が手紙の代用や後始末に使い大量の需要があった。山谷堀にも多くの作業所があり、職人たちが紙くずを紙舟に入れて堀の流れに曝しておくことを「冷やかす」とよんだ。この2時間ばかりの作業中は暇をもてあまして吉原の遊郭を見にでかけ、しかし時間がなくて登楼せずに帰ってしまうことから、買う気のない客を表す隠語として「冷やかし」という言葉が生まれたという。

地方橋交差点
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【③吉原大門跡・見返り柳】
遊郭は表立って運営するのは、はばかれたため、曲がりくねった道にすることにより見通しを悪くし、遊郭街が見えないようにしていた。吉原大門は当時唯一の遊郭への入口だった。
吉原から帰る客が後ろ髪を引かれつつ、この柳のあたりで遊郭を振り返ったことから「見返り柳」の名が付けられていた。(現在の柳は何代目だろうか?)
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今は葉が無いため、残念ながら柳の風情はない。
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曲がりくねった道は、そのまま残っている。
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ここから、江戸六地蔵のある東禅寺には、少し戻る。

途中、スカイツリーがよく見える通りがあった。
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【④東禅寺の江戸六地蔵】
造立は宝永7年(1710)、像高は2m71cm。
元は旧奥州街道の入り口にあったが、昭和3年(1928年)都市計画により現在地に移転。
他の六地蔵は鍍金が施されていたが、この像は表面に布目条にやすりをかけ、ベンガラ色(朱色)の漆を塗った上に金箔を貼られていたという。
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像には、びっしりと寄進者の名前が刻まれていた。
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傍らには、日本におけるパン製造の祖といわれる木村安兵衛夫妻の銅造が立つ。(銀座木村屋総本店)
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この後、近くの「デニーズ」で、昼食、休憩。

元気が出たところで吉野通りを北上、南千住駅近くの小塚原回向院を目指します。

南千住駅に到着。
陸橋から操車場を見る。
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【小塚原刑場跡・首切り地蔵】
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その前に、巨大な題目塔が立っている。
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【⑤小塚原回向院】
江戸時代より この地は小塚原の御仕置場と呼ばれた場所。寛文七年(1667年)刑死者の菩提を弔うため本所(現在の墨田区両国)にある回向院の住職「弟誉義観上人」が町奉行所に願い出て、この地を持地とし常行堂(じょうぎょうどう)を草創した。
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※『解体新書』碑:前野良沢・杉田玄白・中川淳庵らがこの地で奉行所の許可を得て腑分けに立ち会い、オランダの医学書であるターヘルアナトミアの挿絵等の正確さに驚愕する。 その後、当時としては難解なオランダ語の翻訳に勤しみ解体新書を完成させる。
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たくさんの有名な人の墓が、ここにはあります。
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アントニオ猪木等が建てた、レスラー カール・ゴッチの供養碑
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この列には、刑死した有名な罪人の墓が。
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腕の喜三郎:江戸時代の侠客、喧嘩で深手を負った自分の片腕を、子分に鋸で切り落とさせた。
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・高橋お伝:明治初期の稀代の悪婦として有名。最初の夫を毒殺後、各地を放浪し悪事を重ねた。
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・片岡直次郎:通称「直侍」と呼ばれた江戸後期の小悪党で、河内山宗俊と共に悪事を働いた。
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・鼠小僧次郎吉:江戸時代後期に大名屋敷を専門に荒らした有名な窃盗犯
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奥には、すり減ってしまった以前の墓が。
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ここからは、安政の大獄関係。

・橋本左内:幕末の志士、思想家、越前国福井藩藩士。藩主松平春嶽の側近。安政の大獄にて処刑。
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傍らには、大きな顕彰碑が。
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・吉田松陰の墓
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・関鉄之介:元水戸浪士の現場での総指揮者。他の水戸浪士と共に並んでいる。
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元水戸浪士の墓が並ぶ。
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吉展ちゃん誘拐殺人事件の「吉展地蔵尊」が入り口脇に立っていた。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この辺り、結構、歩いている筈ですが、四季歩さんが歩かれた所、多分、半分位しか歩いていないと思います。

この中でよく覚えているのは東禅寺で、勿論、江戸六地蔵を巡った時の1寺です。山谷掘とか、見返り柳とは聴くと、観光を目的として、吉原を復活して欲しいものだと思います。今の吉原は江戸時代とあまりに違いますので。すなわち、池波正太郎の世界ですね。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
吉原は、本当に大きく変わってしまっていますね。
時代小説の世界を偲ぶよすがもありません。
なんとかして欲しいです。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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