太閤小田原攻め探索/山中城から小田原城(3)

20180505

4月24日に行われた歴史クラブ行事に参加して、歩き回ってきました。
マイクロバスを一台借りての旅です。
コースは、旧東海道箱根石畳の道⇒山中城⇒宗閑寺⇒早雲寺⇒石垣山一夜城⇒小田原城

前回、早雲寺まで記事にしました。
今回は石垣山一夜城からです。

【石垣山一夜城】
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豊臣秀吉が1590年(天正18年)の小田原征伐の際に小田原城の西3kmにある笠懸山の山頂に構築した。小田原城から見えないように築き、完成後に周囲の木を伐採したため、北条氏側に一夜にして築城されたかのように見せて驚かせ、戦闘意欲を失わせる効果を果たした、といわれる(一夜城の名もそれに由来する)。

石垣や櫓を備えた本格的な「近世城郭」であり、関東で最初に造られた総石垣の城であった。約3〜4万人を動員し、80日で構築された。秀吉はこの城で茶会を開いたり、天皇の勅使を迎えた。当時、天守があったかは不明であるが、天守台跡はある。関東大震災で石垣に被害を受けたが、井戸曲輪の石垣は地震に耐えて現在もよく残っている。この城の縄張りは城郭研究者の外川淳などは、長方形の郭や濠などが非常に肥前の名護屋城に似ていることから、黒田如水であったとしている。

1959年に国の史跡に指定され、現在は石垣山一夜城歴史公園として整備されている。

私たちが駐車場でバスを降りたのは、南曲輪の下。

南曲輪下石垣の角石は、関東大震災で崩れたままとなっている。
関東大震災で崩れたところは各所で見られた。
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ここの石垣の特徴は「野面積み」である。
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石垣が終わった所で、振り返って石垣の全景を見る。
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ここから、天守台までは、たぶん近道なのか、辛うじて道らしいところを上がる。
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〇西曲輪跡
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ちょっと道らしいところを上がる。
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〇天守台跡
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ここから、平らな本丸跡を突っ切って物見台に行く。
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〇物見台
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ここで、「小田原合戦と一夜城伝説」をおさらい。
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続いて、最近地質学に目覚めている私にピッタリの説明が。
小田原って、こんな所だったのか!!
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プレートがぶつかり合って、隆起した大磯丘陵を眺める。
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ところで、小田原城はどこだ?
ここでも、カメラのズームが物を言いました(嬉)
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場所がわかると、肉眼でもちゃんと見えましね。

小田原城を探し当てて、落ち着いたところで、改めて本丸跡を確認した。

〇本丸跡
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足もとに二の丸跡が見える。
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〇二の丸跡
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石垣山の縄張りを誰がしたのか、判っていないみたいです。
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〇展望台
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薄くなってよく読めないが、長興山、早雲山、明神ケ岳の方向
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反対方向の、小田原城は見えるか?
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ズームしたら、小田原城の屋根が見えた。
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急な斜面を降りて井戸曲輪跡に。
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〇井戸曲輪跡
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下の方に、井戸に水が溜まっているのが分かる。
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ここから、駐車場に戻る間は省略。

江戸城修築のために、ここが「石丁場」という石を調達する場所だったとのこと。
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これで、石垣山一夜城の探索を終え、小田原城に向かいました。

【小田原城】
北条氏は、居館を今の天守の周辺に置き、後背にあたる八幡山(現在の小田原高校がある場所)を詰の城としていた。だが、建築者は、不明である。 居館部については北条氏以前の大森氏以来のものとするのが通説であるが、大森氏時代にはより東海道に近く15世紀の遺構が実際に発掘されている現在の三の丸北堀付近にあったとする異説もある。3代当主北条氏康の時代には難攻不落、無敵の城といわれ、上杉謙信や武田信玄の攻撃に耐えた。江戸時代に居館部が近世城郭へと改修され、現在の小田原城址の主郭部分となったが、八幡山は放置された。そのため、近世城郭と中世城郭が江戸期を通して並存し、現在も両方の遺構が残る全国的に見ても珍しい城郭である。

北条氏没落後に城主となったのは大久保氏であるが、2代藩主大久保忠隣の時代に政争に敗れ、一度改易の憂き目にあっている。一時は2代将軍秀忠が大御所として隠居する城とする考えもあったといわれるが、実現しなかった。その後、城代が置かれた時期もあったが、阿部氏、春日局の血を引く稲葉氏、そして再興された大久保氏が再び入封された。小田原藩は入り鉄砲出女といわれた箱根の関所を幕府から預かる立場であった。

小田原城は、江戸時代を通して寛永10年(1633年)と元禄16年(1703年)の2度も大地震に遭い、なかでも、元禄の地震では天守や櫓などが倒壊するなどの甚大な被害を受けている。天守が再建されたのは宝永3年(1706年)で、この再建天守は明治に解体されるまで存続した。

現在の小田原城
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駐車場から、住吉橋を渡って「銅門」から入る。

〇住吉橋
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住吉橋を渡ると、枡形の向こうに「銅門」がある。
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〇銅門
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門扉の外側に「石落とし」がある。
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門の二階に上がる石段は、いかにも実戦的だ。
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銅門をしじると、天守が見える。
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〇イヌマキ
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東堀を渡って常盤木門へと続く。
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〇東堀跡
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〇常盤木門
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例によって、枡形を経て常盤木門
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〇本丸跡
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〇天守閣
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天守閣の入り口には石段を上る。
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天守閣の中に在ったジオラマ。
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天守閣の中には様々なものが展示してあったが、時間が無くて、とにかく最上階を目指した。

天守閣からの眺め。

小田原駅の向こうに、大山、丹沢。
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戦国時代の遺構が残る、八幡山郭跡
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石垣山一夜城方向。
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目印が無いので、鉄塔の位置が頼りで、この辺だ。
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伊豆半島、真鶴半島
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晴れていれば伊豆大島が見えるようだが、残念。
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江ノ島方面
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以上で、全ての探索は終り。
念願だった山中城をはじめ、この日は収穫が多くて、楽しい一日だった。
満足して帰途についた。

(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

目の前に一夜城ができたと言うことで、私はそれこそ100mも離れていない場所に城を造ったと言うイメージだったのですが、なるほど、実際はものすごく離れていたのですね。

一夜城跡、そばのお寺の枝垂れ桜の撮影を兼ねて行きたいと思っているのですが、今年は結局、行けませんでした。


matsumoさん

コメントありがとうございます。
一夜城は、訪ねる価値はあると思います。
桜を訪ねてのときに一緒というのは、
いいですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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