高麗川流域の地形と地質探訪

20180612

5月19日に、「野外調査研究会」主催の見学会に参加しました。
最近、地球の歴史にハマっています。

10時に八高線高麗川駅に集合。
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コースは高麗神社・高麗家住宅⇒聖天院・メランジュ露頭・地形展望⇒栗坪の不整合露頭⇒飯能礫層の大露頭
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高麗川駅から歩きだして25分くらいで、高麗川に架かる出世橋に到着。
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高麗川
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橋の名前が面白い字で書かれていた。
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高麗神社に到着。
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神職の説明を受ける。
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高麗神社については、既に記事があります。

その記事を見る


樹齢400年の枝垂れ桜の下の高麗家住宅
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高麗家住宅は、17世紀の古い建築様式のもの。
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高麗神社境内で、持参の弁当で昼食、休憩。

高麗神社から聖天院に向かう途中、大きな珪化木が民家の庭に置かれていて、吃驚!
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聖天院に到着
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まずは、高麗王霊廟に。
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高麗王若光は、天智天皇5年(666年)10月26日条に、高句麗から日本に派遣された使節の一員に名があり、高句麗が滅んだため日本に留まり、大宝3年(703年)4月4日条に、従五位下高麗若光に王(こにきし)のカバネを与えられる。
霊亀2年(716年)、武蔵国に東海道7ヶ国から1799人の高句麗人を移住させ、高麗郡を設置しているが、その中心人物となり亡くなったあと、高麗神社の祭神として祀られた。

高麗王若光の墓
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一対の石灯篭が置かれているが、笠と台の石はチャート、火袋は「溶結凝灰岩」である。
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この溶結凝灰岩だが、縦を横にして使用している。
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入り口左右に、一対の羊の石像が置かれている。
中国や朝鮮半島では、お墓や陵墓を守護し、霊を鎮魂する、「鎮魂獣」の一つとして、羊の石像が陵墓に置かれるという。
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この羊頭がアンモナイトに似ていて、アンモナイトの語源にぴったりだと説明があった。
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アンモナイトの化石は、ギリシアの羊角神アンモーンに鉱石名の語尾 -ite を添えて ammonite の名に造語された。

羊角神アンモーン
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聖天院の本堂は、高いところにあり、結構石段を上がる。
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本堂前の見晴台から「高麗丘陵」を望む。
大宮台地と同じく、ほとんど凹凸が見られない。
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境内に置かれている詩碑で、小断層と級化層理を見る。
級化層理の幅から見て、この石は上下が逆になっている。
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【聖天院のメランジュ露頭】

いよいよ、本堂裏のメランジュ(混在岩)露頭です。
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石灰岩露頭
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右から、石灰岩、泥岩、チャートのメランジュ
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石灰岩と泥岩
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泥岩
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チャート
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泥岩中の石灰岩・チャートのブロック
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【栗坪の不整合】
獅子岩橋上流の高麗川右岸に、3つの異なる地質時代の地層が二つの不整合面をはさんで重なる露頭がある。

対岸から見るため、道なき道を行く。
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対岸に見えているのが、「栗坪の不整合」。
下から、高岡層上部層(白亜系)、飯能礫層下部層(鮮新-更新統)、武蔵野段丘礫層(上部更新統)
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地質時代
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不整合面の下が高岡層上部層(白亜系)、上が飯能礫層下部層(鮮新-更新統)。
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不整合面の下が飯能礫層下部層(鮮新-更新統)、上が武蔵野段丘礫層(上部更新統)
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高麗川
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河原に、砂岩泥岩互層(高岡層上部層)の露頭
垂直に近い高角度で傾斜している。
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ここから、高岡橋に出て、しばらく高麗川沿いに歩く。
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天神橋まで来た。
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高麗郷古民家(新井家住宅)は、行程が遅れているので省略された。
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あいあい橋
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この日は暑かったので、あいあい橋の下で子供たちが川に飛び込んで遊んでいた。
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日和田山がきれいに見えた。
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【飯能礫層大露頭】
ドレミファ橋から上流の高麗川右岸には、ひときわ大きな黄褐色の崖が続いている。
この崖は、礫層・砂層・シルト層4からなり、「飯能礫層上部層」と云われている。
第四期の初めころに八王子-高崎構造線の運動によって厚く堆積した河川堆積物。

ドレミファ橋を渡ったところにあり。
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ここが間近に見られる場所
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飯能礫層
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河原を歩いて飯能礫層を観察していく。
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広い河原の片方が飯能礫層の崖がむき出しになっている。
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色々な表情の飯能礫層が見られる。
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最後に河原の石を集めて、どんな石か鑑定。

緑色岩
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砂岩
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千枚岩
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以上で、終了。
西武池袋線「高麗」駅まで歩いて、帰途についた。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

地学ですか。高校生の時のことを思い出しました。

地学クラブに入っていて、1年生の時だったと思いますが、先生に連れられて、武尊山山麓に行きました。そして、磁石と歩測で自分の歩いた道を記録しながら、露頭の岩石を採取すると言う訳です。今だったら、GPSで簡単に自分の位置がわかると思いますが、当時はそのようなものは無かったので、前述の方法で採取位置を特定しました。それを元に、先生がその辺りの地質図を作りました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
matsumoさん、地学クラブに入っていたんですね。
それは、うらやましいですね。
私は、高校も大学も機械科で、ほとんど
地学とか歴史も学んでいません。
それで、今になって新鮮な気持ちで取り組んで
います。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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