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加藤神社・熊本城・熊本城稲荷神社

20180721

7月17日、この日から九州旅行の初日です。
熊本空港に11:40に着き、空港内のレストランで「あかうし丼」を食べ、熊本城に向かい復興の様子を見ることにしました。熊本大地震の復興のシンボルが熊本城だと聞いているので。
時間の関係で、あまり時間が取れないため、加藤神社への参拝を兼ね、加藤神社から熊本城がよく良く見えるとのことだったので、それで今回は我慢することにしました。

空港まで、天草に住んでいる娘が迎えに来てくれ、その車で熊本城に向かいます。

熊本の繁華街。「鶴屋デパート」と市電
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熊本城が見えた。熊本県人にとって熊本城はシンボルだそうです。
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事前に調べたら、加藤神社まで車で入っていけるということだったので、大変助かりました。

【加藤神社】
鎮座地:熊本県熊本市中央区本丸2-1
参拝日:2018年7月17日

大鳥居
社格等:旧県社
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元は慶長16年(1611年)の清正の歿後に清正を祀った浄地廟であった。慶長19年(1614年)、火災で焼失した本妙寺が浄地廟に移された。
神仏分離により明治元年(1868年)、浄地廟の儀式を神式で行うこととなり、同4年、浄池廟・本妙寺より神社を分け、熊本城内に社殿を造営して錦山神社(にしきやまじんじゃ)とした。場所は大天守、小天守、宇土櫓に囲まれた平左衛門丸である。同年、大木兼能と金官を合祀した。同7年、熊本城内に熊本鎮台が置かれるのに伴い、城外の新堀町(現在の京町一丁目)に遷座し、翌8年県社列格、同10年2月、西南戦争により社殿を焼失し(神体は健軍神社に避難していた)、明治17年に再建した。明治42年(1909年)に、錦山神社から加藤神社に改称された。乃木希典も加藤清正を信仰していたこともあり、各地に分霊を祀る加藤神社ができた。同44年にはハワイに、大正3年(1914年)には日本統治下の朝鮮・京城府(現 大韓民国ソウル特別市)に当社の分霊を祀る加藤神社が創建された(京城府の加藤神社は戦後に廃社。跡地は聖山教会になっている)。加藤清正を祭る神社は一時90社を数えるが、一部例外(鹿児島県など)を除き全国的に分布し、その約半分は熊本県にある。昭和27年(1952年)、宗教法人加藤神社となった。同37年、道路改修のため、熊本城内の現在地に遷座した。

熊本の藩政時代の大部分は細川氏の統治によりますが、祭神の加藤清正公は藩の礎を築き、「清正公(せいしょこ)さん」と呼ばれ絶大な人気を誇ります。清正公は佐々成政のあと熊本へ入り、城の整備はもちろん領内の水路、土木事業などにも数多くの功績を残しています。特に万一籠城戦となった時の為に用意した水源・井戸は、幕末の西南戦争で官軍が籠城に耐え抜いた大きな要因の1つとされるもの。

大鳥居の前に二組の狛犬が居る。

昭和11年奉納の「熊本型」
顎の無い、顎髭が異様に立派なのが特徴。
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昭和59,年奉納の「岡崎型」
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手水舎
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境内
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ご神木を挟んで、左に天守閣、右に宇土櫓が見えます。
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拝殿
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お参りします。
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拝殿内部
絵馬が拝殿内にかかっているのが珍しい。
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ご祭神:
加藤清正公を主祭神とし、祭神に殉じた大木兼能公、韓人(朝鮮人)金官(きんかん)公を配祀する。

神紋は「「蛇の目」紋と「桔梗」紋。
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これには、肥後入国の際の加藤清正公の境遇が関係しています。清正公は肥後入国前5,500石でしたが、一気に出世して、肥後北半国19万5千石を任されることになりました。当然、家臣も調度品もまったく足りません。そこで豊臣秀吉がとりはからって、讃岐で改易された尾藤知定氏の武具や調度品を清正に与えました。
秀吉より賜った食器類には尾藤家の家紋である桔梗紋がありました。加藤清正はこれを加藤家の家紋として、そのまま取り込んだのです。そして、尾藤家の家臣300人もあわせて召し抱えたといわれています。そのため、武具には蛇の目紋、調度品には桔梗紋が使われたということです。

〇清正公の旗立て石
朝鮮出兵の際使用したという旗立石で、明治時代になって肥前・名護屋城から移されたものです。
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〇清正公お手植え樹
清正公お手植えの銀杏の大木があります。清正公は熊本城築城にあたり、こちらや本丸御殿の前などに銀杏を植えたそうで、熊本城の別名「銀杏城」の由来とされています。銀杏の木は水分含有量が高く燃えにくく、また実は食料になるということで植えられたと伝わっています。
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末社・白鬚神社
ご祭神:
白鬚大明神(猿田彦神)
菅原道真公
大国主神
恵比寿神
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【熊本城】
加藤神社から堀越しに天守閣がよく見えます。

〇天守閣
大天守、小天守がよく判る。小天守の下がすっかり崩れているのがよくわかる。
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〇宇土櫓
こちらは、まったくビクともしなかったので有名。
宇土櫓は、小西行長が宇土に築き上げた「鶴の城」と呼ばれた宇土城の天守閣だったもの。

加藤神社の大鳥居の前からの眺め。
立派な石垣です。
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加藤神社境内から
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〇戌亥櫓
加藤神社のすぐ近くにあるので、二つある一本足櫓のうちの一つなので見に行きました。
ここの堀は、半端ない幅ですごいですね。
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戌亥櫓は西南戦争の後解体され、2003年に復元。熊本地震では石垣が大きく損傷しわずかな石材で支えられる格好となりました。熊本城では他に南部にある飯田丸五階櫓が某缶コーヒーのCMでも一本足の柱に支えられたと紹介されましたが、この「戌亥櫓」も石材の絶妙なバランスによって倒壊を免れました。堀と櫓の光景は実に絵になるもの。ぜひこちらもご注目を。
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熊本城を挟んで反対側にある「熊本城稲荷神社」に、車で移動しました。
ここには「熊本型」の狛犬が居るからです。

【熊本城稲荷神社】
鎮座地:熊本県熊本市中央区本丸3-13
参拝日:2018年7月17日
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加藤清正が天正16年(1588年)に肥後国(現在の熊本県)へ入国するに当たり、居城となる熊本城の守護神として稲荷神を勧請したことに始まる。以後、生活の守護神として熊本市民の崇敬を集めている。

ご祭神:
白髭大明神(生活守護の神)
緋衣大明神(火伏・学業・芸能の神)
玉姫大明神(良縁・縁結びの神)
通力大明神(金運・勝負の神)
辰巳大明神(安産の神)
猿田彦大神(開運・交通安全の神)
子安大明神(子育ての神)
白菊大明神(商売繁昌の神)
貞広大明神(土木・建築の神)
源作大明神(五穀豊穣の神)
など

石段の上に、大正15年奉納の「熊本型・玉くわえ」狛犬が居る。
「熊本型」は顎の無い、顎髭が異様に立派なのが特徴。
「玉くわえ型」は阿形が玉をくわえているが、全国的にみても珍しいようだ。
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狛犬と並んで狛狐も居る。
こちらも玉を含んでいる。
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すごい数の大明神が祀られている。
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白鬚稲荷大明神
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緋衣大明神
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貞広大明神のところに、可愛い瓦の狛犬が居た。
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これで熊本を発ち、天草に向かいました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

熊本ですか、ううん、九州は大学4年の時に、研究室の仲間と計3人で2週間に渡って、九州一周をしただけです。と言う訳で熊本で覚えているのは、城と水前寺公園に行ったことだけですね。

写真を見せていただいた限りでは、城以外はかなり復興した感じですね。

さて、昭和11年奉納の狛犬、素晴らしいですね! また、瓦製の狛犬も面白いです。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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