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太宰府天満宮

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鎮座地:福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号
参拝日:2018年7月20日

九州旅行の最終日です。博多のホテルで美味しい朝食を採ったあと、9時に出発しました。
この日は、太宰府天満宮、竈門神社、筥崎宮と参拝して、福岡空港を15:55の飛行機で羽田に飛ぶことになっています。

近くの駐車場に車を置いて、正門から入ります。

社号標
社格等:旧官幣中社、別表神社
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右大臣であった菅原道真は昌泰4年(901年)に左大臣藤原時平らの陰謀によって筑前国の大宰府に員外帥として左遷され、翌々年の延喜3年(903年)に同地で死去した。死後、その遺骸を安楽寺に葬ろうとすると葬送の牛車が同寺の門前で動かなくなったため、これはそこに留まりたいのだという道真の遺志によるものと考え、延喜5年8月、同寺の境内に味酒安行(うまさけのやすゆき)が廟を建立、天原山庿院安楽寺と号した。
一方都では疫病や異常気象など不吉な事が続き、さらに6年後の延喜9年(909年)には藤原時平が39歳の壮年で死去した。これらのできごとを「道真の祟り」と恐れてその御霊を鎮めるために、醍醐天皇の勅を奉じた左大臣藤原仲平が大宰府に下向、道真の墓所の上に社殿を造営し、延喜19年(919年)に竣工したが、これが安楽寺天満宮の創祀である。
それでも「道真の祟り」は収まらず、皇太子保明親王、保明の遺児慶頼王、が続いて死去。
延長8年(930年)6月、醍醐天皇臨席のもとで会議が開かれていた、まさにその瞬間、貴族が居ならぶ清涼殿に落雷があり、死傷者が出る事態となった(清涼殿落雷事件)。
天皇は助かったが、このときの精神的な衝撃がもとで床に伏せ、9月には皇太子寛明親王(朱雀天皇)に譲位し、直後に死去するに至った。続いて宇多法皇も死去、わずか30年ほどの間に道真「謀反」にかかわったとされた天皇1人・皇太子2人・右大臣1名以下の高級貴族が殺害されたことになる。猛威を振るう「怨霊」は鎮まらず、道真には太政大臣追贈などの慰撫の措置が行われ、道真への御霊信仰は頂点に達した。ついに正暦元年(990年)頃からは本来は天皇・皇族をまつる神社の社号である「天満宮」も併用されるに至った。寛和2年(986年)、道真の曾孫菅原輔正によって鬼すべ神事が始められるようになった。

道真の御霊に対する恐れも少なくなってきた中世ごろから、道真が生前優れた学者であったことにより学問の神としても信仰されるようになった。

門前市の先の鳥居から入ります。
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境内図
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参道のスタート地点に、「御神牛」が居る。
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境内には、5組の狛犬が居るが、最初の狛犬は石灯篭の上に居る。
文化9年(1812)奉納、「石灯篭笠上型」
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右側は、「お手」をしている。「招き猫」と称している人もいるが、犬なので「お手」ととりたい。
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左側は、「逆立ち」をしている。口がまるでワニだ。
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それに続いて、太鼓橋の手前に狛犬が居る。
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この狛犬の様式を特定するのに苦労した。
北九州の狛犬について調べたが、「筑紫型」とか「筑後型」とかでは当てはまらない。
思いついて、台座に「長州萩」とあるので、「山口県の狛犬」を調べたら「萩狛犬」というのが見つかった。
防府天満宮、京都の北野天満宮、太宰府天満宮に「萩の石工」作のものが奉納されている。
幕末の長州藩での天神信仰の表れといわれている。

北野天満宮の狛犬には、下記の伝説まで残っていた。
~北野天満宮の萩狛犬伝説~
禁門の変で長州藩は敗走、その後、京都守護職の会津藩が北野天満宮に鳥居を奉納、しかし、鳥居の側に奉納されていた萩狛犬を藩士が見つけ「長州獅子、汝まだ去らざるか」と、神社に撤去を要求 実力で倒そうとしたところ、一天にわかにかき曇り雷鳴が響きわたった。
会津藩士は雷神である菅原道真公の祟りと恐れ逃げ帰ったという

台座に「長州萩」とあり、見事な彫刻を施した台座である。
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萩の石工、山本長右衛門美啓と萬吉美算作であることがわかる。
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右側が阿形獅子。
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左が吽形獅子。
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防府天満宮と大宰府天満宮の狛犬の吽形は、足より小さい玉取りとなっていて、北野天満宮は同じ玉取りだが玉が透かし彫りとなっているそうだ。
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心字池には、太鼓橋、平らな橋、太鼓橋と三連に架かっている。

最初の太鼓橋
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末社・今王社
参道の最初の太鼓橋を渡った所に鎮座する。
なんらかの障りがあって本殿での参拝ができない時に,代わりに拝するための末社。本社の遥拝所。
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二番目の、平らな橋を渡る。
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心字池は美しく島など作られている。
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志賀社
ご祭神:綿津見三柱神(海上安全の守護神)
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三番目の太鼓橋
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この上から前方を見ると、楼門までずいぶんとある。あらためて境内の広さに感心する。
真夏の暑いとにはコタエる(笑)
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太鼓橋を渡り終えたら、左にそれて絵馬堂に立ち寄る。

〇絵馬堂
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祭神の菅原道真が「学問の神様」であると同時に「文化の神様」としても信仰されていたため、それぞれの時代の人々による和歌・連歌・歌舞伎・書画の奉納を通じて、文芸・芸能・芸術、いわゆるアートと関係が深まっていった。特に奉納絵馬は九州でも指折りの質量となっており、それを掲げた絵馬堂はギャラリーとしての役割を果たしている。

沢山の絵馬が奉納されていた。
肉眼ではよく見えていたが、撮って来た写真をみると保護のためにかけてある金網のために、あまりよくわからない写真になっていた(汗)
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天井からぶら下がる、円形の絵馬は初めて見た。
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絵馬堂から見た、太鼓橋
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これだけ進んで、やっと手水舎。
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〇麒麟と鷽(うそ)像
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楼門の前に、三組目の狛犬が居る。
明治39年(1906)奉納の「籠神社(このじんじゃ)型」
籠神社(このじんじゃ)は、京都府宮津市にある、丹後国一宮。「天橋立」のすぐ近くである。
特徴は、一目瞭然。ずんぐりむっくりの巨躯で、威風堂々。
北九州の気風に合っているようで、太宰府天満宮、香椎宮、筥崎宮、護国神社と北九州に集中してある。
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右が阿形獅子。
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左が吽形獅子。角あり。
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楼門の前には、一対の神牛も居る。
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楼門
表側から見ると上下に屋根のある二重門、内側から見ると下層に屋根のない一重の門に見えるという、世にも珍しい門である。
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左右に随身が侍る。
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横から見ると敷き皮が見えるが、両方ともに虎の皮だった。
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普通、随身は片方が虎の皮、もう一方は豹の皮を敷いている。
両方ともに虎の皮の例は、日光東照宮だ。これは家康が寅年うまれからきているという。
楼門は、戦乱、火災により何度も焼失しているが、現在あるのは大正三年(1914)に再建されたもの。
その際の随身の作者が、「加藤清正の虎退治」を意識したのか、日光東照宮をモデルにしたのか、どっかだろう。

楼門の梅の彫刻と、珍しくも下がっている提燈。
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楼門をくぐると、4組目の狛犬が居る。
昭和31年奉納の「広島型」
広島型というのは、尾道から始まり広島地方で多い、「玉乗り型」である。

右側に阿形獅子。玉をくわえている。
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左側が吽形獅子
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また神橋を渡る。
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再び、本殿まで広大な空間が広がっていた。
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拝殿は無く、社殿としては本殿のみ。

本殿
五間社流造檜皮葺
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唐破風の豪華な向拝屋根。
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本殿内部
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ご祭神は菅原道真公

神紋は「梅」紋
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本殿の前に、最後5組目の狛犬が。
嘉永5年(1852)奉納の「浪花型」狛犬。
白大理石だと思いますが、真っ白な可愛い狛犬として有名です。

右が阿形獅子。
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左が吽形獅子。チョコンと可愛い角あり。
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〇飛梅
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本殿の後ろに摂社が並ぶ。
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摂社・福部社
御祭神 島田忠臣命
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摂社 老松社
御祭神 是善命 これよしみこと 道真公の父君。
--- 命  道真公の母君。御名前は不明、少納言伴善績公の娘。
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摂社の御子社が並びます。
御祭神:
高視命 たかみみこと  道真公嫡男。
景行命 かげつらみこと 道真公次男。
兼茂命 かねしげみこと 道真公三男。
淳茂命 あつしげみこと  道真公四男。
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本での後ろにまで、絵馬が下げられている。
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〇夫婦樟
大きいのと小さいのが日本並んでいます。
大きい方は、推定300年以上とか。
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以上で参拝を終え、門前の茶屋で銘菓「梅ヶ枝餅(うめがえもち)」と甘いもので喉を潤してから、次の目的地「竈門神社」に向かいました。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

太宰府天満宮ですか、さだまさしの「飛梅」の世界ですね。

それにしても、ここ、狛犬が豊富ですね。大きな玉の上に乗っているものや逆立ちワニのものが良いですね。

それにしても、ここ、広そうですね。京都の北野天満宮より広いのではと思いました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
ほんとうに、狛犬は関東と趣が違っていて、
楽しかったです。
菅原道真は、当時の朝廷にとっては、あらゆる
災害が道真の祟りで起きていると思ったので、
一生懸命立派な社殿にしたんでしょうね。
そして、広大な土地にすれば、あまり外に
出なくなると思った?(笑)
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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