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竈門(かまど)神社

20180803

鎮座地:福岡県太宰府市内山883
参拝日:2018年7月20日

太宰府天満宮に参拝後、ナビの助けを借りて山に上がっていき、ここに参拝しました。
天草に住んでいる娘の推薦です。

社号標
式内社(名神大社)、旧社格は官幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。
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神功皇后が三韓出兵の際に宝満山に登り、再開を誓ったという「サイカチの木」が境内にある。また、上宮に続く宝満山の八合目付近には竈門岩があり、応神天皇の産湯を沸かしたという伝説が残っている。

社伝では、天智天皇の代(668年-672年)に大宰府が現在地に遷された際、鬼門(東北)に位置する宝満山に大宰府鎮護のため八百万の神々を祀ったのが神祭の始まりという。次いで天武天皇2年(673年)、心蓮(しんれん)上人が山中での修行していると玉依姫命が現れたため、心蓮が朝廷に奏聞し山頂に上宮が建てられたという。神社側では、この時をもって当社の創建としている。
これらの社伝の真偽は明らかではないが、下宮礎石群の調査から創建は8世紀後半には遡るとされる。また上宮付近からは、9世紀から中世にまで至る、多くの土師器・皇朝銭等の祭祀遺物が検出されており、大宰府・遣唐使との関連も指摘される。

平安時代以後の当社は、神仏一体となって営まれた[2]。その進展もあって室町時代からは「宝満宮」という名称も見られるようになる。その後は戦国時代の戦乱に巻き込まれ、勢力は大きく衰退した。
近世に入ると、筑前国を治めた小早川氏によって天正15年(1587年)から修験道の道場として再興され、慶長2年(1597年)には神殿・拝殿・講堂・行者堂・末社等が再建されたという。
代わって慶長5年(1600年)に入国した黒田長政からの崇敬も篤く寄進も受けたが、寛永18年(1641年)に火災によってほとんどの建物を焼亡した。慶安3年(1650年)、福岡藩2代藩主・黒田忠之によって神殿・拝殿・講堂・神楽堂・鐘楼・行者堂が再建された[1]。江戸時代を通して、社領は50石を数えていた。
明治に入り、神仏分離によって仏教色は一掃された。明治5年(1872年)近代社格制度では村社に列し、明治28年(1895年)に官幣小社に昇格した。戦後は神社本庁の別表神社に列している。

駐車場から石段を上がる。
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鳥居には「宝満宮」とあり。
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少し上ると、左右に開けたところがあり、この説明が。
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まだまだ、石段は続きます。
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途中の平らなところに、鹿が居た。
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参道がカーブして、また石段があるが、社殿の屋根が見えてホッとする。
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手水舎
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拝殿
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拝殿の前には、明治12年(1879)奉納の「岡崎型」狛犬が居る。
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拝殿左側にある「水鏡」。
顔を映し心の内面をも洗い清めて、ご神前でお祈りをすると願いが叶うと言われているそうです。
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社額
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修験道の名残りでしょうか、天狗の面が架かっていた。
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拝殿内部
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本殿
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ご祭神::
主祭神は、玉依姫命。
相殿神として、神功皇后、応神天皇。

神紋は「桜」
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社務所がモダンな建物でした。
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2012年にリニューアルされ社務所は、世界的なインテリアデザイナーでもある片山正通氏と、日本各地の神社建築を数々手がけている種村強氏が担当されたそうです。

中の、お守りなどの陳列がとても洒落ていて、綺麗なお守りがたくさん並んでいた。
このお守りで、人気がある神社らしい。
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天草に住んでいる娘(姉)が、「とにかくお守りが良いから」と、カミさんと娘(妹)に力説していた。
旦那さんのご好意で同行している娘(妹)と、カミさんはお守りや記念品を夢中で選んでいた。
娘は旦那さんにも「縁結びのお守り」を買ったというので、エッと云ったら、人生の縁結びだと云う。
確かに男にとっては職場の人間関係が一番大事だと納得。

若い人に人気のある神社だと、よく見受ける「風鈴棚」がここにもあったが、よく見ると一つ一つが手作りなので感心した。
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これで、ここの参拝を終え、九州旅行最後の目的地、「筥崎宮」に向かった。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

お守り、どのような物か興味があったので調べてみたのですが、なるほど、こりゅあ、婦女子が気に入りそうなデザインのものばかりですね。人気がある理由がよくわかりました。

食べ物屋さんもそうですが、やはり、繁栄するための要点の1つが、婦女子の人気を得ることだのでしょうね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
お寺のように檀家を持たないので、お祭りが盛んな
地域は別として、神社は大変です。
いま、何処の神社でも力を入れているのが、
「縁結び」ですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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