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筑前国一之宮・筥崎宮

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鎮座地:福岡県福岡市東区箱崎一丁目22-1
参拝日:2018年7月20日

九州旅行の最終日、太宰府天満宮、竈門神社に参拝後、筥崎宮の門前に移動し昼食を食べる所を探しました。幸い良いお店が見つかり、のんびりと美味しい食事をしてから、いよいよ最後の目的地に参拝です。

社号標
式内社(名神大社)、筑前国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
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別称として筥崎八幡宮(はこざきはちまんぐう)とも呼ばれる。京都府八幡市の石清水八幡宮、大分県宇佐市の宇佐神宮とともに三大八幡宮の一つ。

筥崎宮を含む八幡神社の御祭神の応神天皇は、日本史の中で実在が確かめられる最初の天皇。神功皇后はその母で、夫の仲哀天皇が九州征伐に向かう際同行し、仲哀天皇が現在の福岡市東区にある香椎宮で崩御したため、応神天皇を妊娠したまま、御神託に従い三韓征伐を執り行ったと伝えられます。
凱旋後は現在の福岡県宇美町の宇美八幡宮で応神天皇を産み、志免町でおしめを替えたと言われています。そして、後産の胞衣(えな)を筥に納め、印として植えられたのが「筥松」で、「筥崎」の名はこれに由来しています。

筥崎宮は筥崎八幡宮とも称し、宇佐、石清水両宮とともに日本三大八幡宮に数えられます。
創建の時期については諸説あり断定することは困難ですが、古録によれば、平安時代の中頃である延喜21年(西暦921)、醍醐(だいご)天皇が神勅により「敵国降伏」(てきこくこうふく)の宸筆(しんぴつ)を下賜され、この地に壮麗な御社殿を建立し、延長元年(923)筑前大分(だいぶ)宮(穂波宮)より遷座したことになっております。創建後は祈りの場として朝野を問わず篤い崇敬を集めるとともに、海外との交流の門戸として重要な役割を果たしました。

鎌倉中期、蒙古(もうこ)襲来(元寇)のおり、俗に云う神風が吹き未曾有の困難に打ち勝ったことから、厄除・勝運の神としても有名です。後世は足利尊氏、大内義隆、小早川隆景、豊臣秀吉など歴史に名だたる武将が参詣、武功・文教にすぐれた八幡大神の御神徳を仰ぎ筥崎宮は隆盛を辿りました。江戸時代には福岡藩初代藩主黒田長政、以下歴代藩主も崇敬を怠ることはありませんでした。明治以降は近代国家を目指す日本とともに有り、同18年には官幣中社に、大正3年には官幣大社に社格を進められ、近年では全国より崇敬を集めるとともに、玉取祭や放生会大祭などの福博の四季を彩る杜(もり)として広く親しまれています。

『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。

近代社格制度のもと明治4年(1871年)に県社に列格した。明治18年(1885年)に官幣中社に、大正3年(1914年)に官幣大社に昇格した。

境内図
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入口には、一の鳥居と狛犬が居る。
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石造の一之鳥居は、黒田長政により慶長14年(1609年)に建立。鳥居の柱は3つに切れ、下肥りとなり台石に続く。笠木島木はひとつの石材で、先端が反り上がり、貫と笠木の長さが同じ。筥崎鳥居と称される。
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一の鳥居前狛犬は、大正12年(1913年)奉納の「籠神社(このじんじゃ)型」。
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一の鳥居をくぐると、広大な境内が広がっている。
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入ってすぐ右手に、笹の植え込みがあり、色々置かれています。
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〇唐船塔
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〇夫婦石
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樹齢800年の大楠
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〇蒙古軍船碇石
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手水舎
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〇お潮井
地元では古くから筥崎宮前の浜の真砂(まさご)をお潮井(おしおい)と呼び、これを「てぼ」と呼ばれる小型の竹かごに納め、自宅に持ち帰って厄を払い、幸運を招く風習があります。博多祇園山笠の始まりに、舁き手達がこの「お潮井浜」で身を清め、神事に臨む姿は博多の風物詩です。
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〇湧出石
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地元の方が撫でていた。
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私もお願いしました。
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〇絵馬殿
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〇亀山上皇尊像
楼門の右手には、博多仏師出身で高村光雲に弟子入りした彫刻家の山崎朝雲により、明治37年(1904)に完成した約6メートルの「亀山上皇尊像」(福岡県指定文化財)が奉安されている。
こちらの像は、福岡市東公園の銅像「亀山上皇立像」の原型となったものです。
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普通ガラスがあったときはガラスにカメラをくっつけて反射を防いで撮るのだが、像があまりに大きいため納まらない(泣)
ガラスの映り込みを我慢して離れて撮った。
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その近くに掲示してあった、「蒙古襲来絵詞」
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〇ご神木「筥松」
楼門の右手の朱の玉垣で囲まれる松の木。神功皇后が応神天皇を出産した際、胞衣(えな)を箱に入れてこの地に納め、印として植えられたのがこの「筥松」と言われる。「筥崎(箱崎)」の名称はこの胞衣を納めた箱に由来する。
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大きなソフトバンクホークスの「優勝祈願絵馬」が掛かっていた。
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中には、何代目かの松があり。
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〇楼門
小早川隆景により文禄3年(1594年)に建立。三間一戸の入母屋造。扉の桐紋彫刻は左甚五郎の作といわれる。広瀬淡窓の「筑前城下作」の詩の伏敵門はこの楼門を指す。一般の参拝はこの楼門の下で行なわれる。
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〇「敵國降伏」の扁額
文禄年間、筑前領主小早川隆景が楼門を造営した時に、亀山上皇の御宸筆を謹写拡大したものが掲げられています。
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楼門から拝殿を望む。
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猿田彦の面が掛かった鉾が並んでいる。
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左右にある、縋造車寄。
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ここにも、猿田彦の面が掛かった鉾が並んでいる。
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本殿、拝殿
延喜21年(921年)6月に藤原真材により創建された。その後数度の焼失と再建が繰り返された。戦国時代に戦火兵乱により荒廃してのち、大宰大弐大内義隆により天文15年(1546年)に再建。本殿は46坪、桧皮葺の流造様式で左右に縋造車寄がある。拝殿は檜皮葺の切妻造[5]・二重虹梁・蟇股。
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ご祭神:
主祭神は、応神天皇。配祀神が神功皇后、玉依姫命。

末社は、社殿の背後に東と西に分かれて祀られています。

〇東末社
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前に中国獅子狛犬が居る。年代不明。
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東末社に祀られている末社
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・池島殿(御祭神:軻遇土命、宗像三女神、奥津彦命、奥津姫命、少彦名命、大山昨命、倉稲魂命)
・武内社(御祭神:武内宿禰命)
・乙子宮(御祭神:菟道稚郎子皇子( うじのわきいらつこのみこ )=応神天皇のお子にして仁徳天皇の弟君)
・住吉殿(御祭神:住吉大神)
・稲荷社(御祭神:倉稲魂命( うかのみたまのみこと ))

東末社社殿
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一つ一つ、このように祀られている。
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〇西末社
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前に、大正5年(1916年)奉納の「浪花型」狛犬が居る。
普通、浪花型は可愛い顔のが多いのだが、ここのは結構怖い顔をしている。
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西末社に祀られている末社
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・民潤社(御祭神:埴安神、保食神、隼男神、武速須佐男神)
・厳島社(御祭神:市杵島姫命、伊弉諾命、伊弉冊命、警固三柱大神、神直日神、大直日神、八十禍津日神、愛宕大神、天野丹生神)
・仲哀殿(御祭神: 仲哀天皇、天照皇大神、志賀三柱大神、底津綿津見神、、中津綿津見神、上津綿津見神、天兒屋根命、高良玉垂命)
・若宮殿(御祭神:仁徳天皇、若姫、宇禮姫、久禮姫)
・竜王社(御祭神:綿津見神)

西末社社殿
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これで、今回の九州旅行は全て終わり、レンタカーを福岡空港の近くで返して、福岡空港に入りました。
・象徴的に熊本城の復興を見て、熊本大地震の復興はまだまだなんだと実感しました。
・今回、熊本と天草を車で往復しましたが、宇土半島、大矢野島、天草上島、天草下島それぞれが大きくて、天草は広いことを実感しました。
・九州の焼き物は有田焼とか薩摩焼が有名ですが、それを支えているのが「天草陶土」です。日本の80%を支えています。今回は天草の窯元を三つも訪ねることが出来、もともと焼き物好きがますます好きになりました。
・世界遺産になったばかりの「天草・崎津集落」を訪ねられたのは大きな収穫でした。
・北九州では神社ばかり廻りましたが、大きな神社が集中しているのはさすがでした。
・九州の狛犬は、関東の狛犬とかなり趣が違っていて、かなり面白かった。27組の狛犬を確認することが出来ました。


満ち足りた気持ちで、15:55発の飛行機で福岡空港を発ち、何ごともなく羽田に到着。
羽田空港内のレイトランで夕食を食べ、空港の夜景を楽しんだ後で、川越直行のリムジンで帰途につきました。

(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

3泊4日のご旅行だったのですね。もし、私が九州旅行でしたら、行き帰りは新幹線+鉄道で最低でも6泊7日だと思いますが、四季歩さんの場合は1周行き帰りは飛行機、現地では娘さんが運転とのことですので、さぞかし、能率的にお望みの場所を回れたのではと思います。

さて、上記の写真では、やはり、一の鳥居前狛犬や中国獅子狛犬が良いですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私は、大阪以西は飛行機ですね。
今回は2ケ月以上前にチケット購入したら、
新幹線より安かったので驚きました(笑)
それで、現地ではレンタカーですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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