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岩神の飛び石、群馬県埋蔵文化財調査事業団発掘情報館/博物館に行こう

20180818

7月27日に、歴史クラブ「博物館に行こう」グループの行事として参加しました。
参加者が少なかったので、乗用車に乗り合いで実施しました。

この日訪ねたのは、保渡田古墳群(八幡塚古墳、二子山古墳)、かみつけの里博物館、蛇骨山古墳、岩神稲荷神社、群馬県埋蔵文化財調査事業団発掘情報館。

前記事でお伝えしたように、かみつけの里博物館から蛇骨山古墳に寄り、群馬県埋蔵文化財調査事業団発掘情報館に向かいました。
前橋市内を走っていて交差点に停まったときに、左側の巨石が目に飛び込んできました。
「何だ、これは」と立ち寄りました。

【岩神の飛び石】
所在地:群馬県前橋市昭和町三丁目29-11岩神稲荷神社

巨石なので「岩神さま」と祀られ、「岩神稲荷神社」となっています。
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手水鉢も、同じ石みたいです。
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すごい巨石です。
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「岩神の飛石」として国の天然記念物となっている。
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2万6000年前の浅間山の噴火で黒斑山が大崩壊し、そのときの火砕岩が吾妻川から利根川に泥流により運ばれたものだといいます。
6月に長野県御代田の「浅間縄文ミュージアム」を訪れたときに、天明の浅間山大噴火の際に利根川流域が泥流で大きな被害を受けたことを見て来たばかりでした。
2万6000年前にも、同様なことが起っていたわけです。

黒斑山の大崩壊は、明らかにわかる大規模なものです。
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それにしても、こんな巨大なものが浅間山からここ前橋まで流れてきたとは驚きです。
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反対側に行くと、よくも倒れないものだと、また驚きました。
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昔から、民間信仰が盛んだったことがわかる石碑が並んで居る。
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【群馬県埋蔵文化財調査事業団発掘情報館】
所在地:群馬県渋川市北橘町下箱田784-2
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かみつけの里博物館で学芸員の方から、2012年11月に発掘された「榛名山の噴火で埋もれた鎧を着た古墳人」が公開されていると教わったので、当時非常に話題になって覚えていたので、ここを訪問したというわけです。
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発見されたのは「金井東裏遺跡」
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発見された姿の再現
うつぶせになって、尻を高くしている。
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来ていた鎧
幅4.5cm前後の小札を1800枚ほど使用している。
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再現した姿
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他にも「首飾りの古墳人」も発掘されており、頭蓋骨が良好に残っているので、それをもとに復元した古墳人の顔。
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日本初の鹿角で作った小札。
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〇この地と朝鮮半島との密接な関わり

素環頭大刀
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銀・鹿角で飾られた鉾
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一番左が「銀・鹿角で飾られた鉾」
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金色の馬具の出土
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各地で出土した馬具
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埴輪で、どのように飾っていたか判る。
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後に「群馬」という県名になったように、古墳時代から馬の生産が盛んだった。
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当然、他にも色々なものが沢山展示されていた。
それは省略するが、この弥生時代の「墓の守り神」は紹介しておく。
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以上で、この日の訪問先は全て紹介しました。
たくさんの収穫で、満足して帰途につきました。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

巨岩を祭った神社ですか。以前、盛岡城址に行った際、そこに桜山神社と言うのがあり、本殿の後ろに巨大な石が祭ってあったのを思い出しました。これは築城時に見つかった石を祭ったものですが、巨石と言うのはそれだけで、力を持っているのですね。

甲冑、私はてっきり、薄い鉄の板を連結したものかと思っていましたが、そうではなくて、鹿角製ですか。ううん、これだと、どの位の強さなのでしょうね。私のイメージだと、刀が当たれば、切れてしまうような気がしますか。あるいは、指導者としての権威付けなのでしょうか。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
櫻山神社の「烏帽子岩」、私も見ました。
あれはすごかったです。
デカイのもさることながら、スパッと
刃物で切ったような、ツルツルの断面が
すごかったです。
鹿角製は、鉄が得難かったので、その代用
でしょう。

No title

はじめまして。
北橘町の埋文はまだ見学に行ったことがないのですが
丁寧な記事を見せて頂いて参考になりました。
今度、行ってみたいです。

形名さま

コメントありがとうございます。
各地に、見事な遺跡と発掘結果があり、
色々なところに行くたび、圧倒される思いです。
我々の先祖には、誇らしく思います。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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