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建田背命(たけたせのみこと)/日本の神々の話

20180921

岡谷冬二氏の『神社の起源と古代朝鮮』の中で、兵庫県豊岡市の式内社海神社(但馬國城崎郡 海神社 名神大)の祭神、海部直の祖として紹介されている。
海部直:
吉備は大和政権に早くから服属し,積極的に朝鮮経営に参加した。吉備海部直は,友ヶ島水道を中心とした紀氏とともに,水軍を率いて朝鮮半島に派遣された。古代の漁労,塩生産,海上交通にたずさわった海人(あま)は大和政権によって海部(あまべ)として編成されたが,この海部が内海地域にも分布していた。

邇芸速日命六世の裔孫で、建斗米命と中名草姫の子。武諸隅命の父。
神服連、海部直、丹波国造、但馬国造などの祖。

『先代旧事本紀』尾張氏系譜では建田背命と表記される。
『勘注系図』では建田勢命と表記される。

『先代旧事本紀』尾張氏系譜によれば、五世孫建斗米には七人の子がある。
建田背(たけだせ)命、建宇那比(たけうなび)命、建多乎利(たけたおり)命、建彌阿久良(たけみあくら)命、建麻利尼(たけまりね)命、建手和邇(たけたわに)命、宇那比姫(うなびひめ)命である。

建田勢命は最初丹波の宰(みこともち)となる。その後山城久世水主村(やましろくぜみずしむら)に移り、さらにその後大和に戻ったとする。建田勢命が大和王権の命を受けて丹波支配を行ったのである。
建田勢命が丹波支配の府を置いたとされる場所は、京丹後市久美浜町海士であり、そこには建田勢命の館跡とされる伝承地があるそうだ。
近くの矢田神社は建田勢命とその子供建諸隅を祀る。
その後山城久世に移り住む。久世とは、現在の京都府城陽市久世であるとのこと。



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