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中山道蕨宿周辺散策(後半)

20181129

11月16日に、歴史クラブの「江戸再発見」グループの行事で参加しました。
前回の記事の続きです。

歴史民俗資料館を見学した後、浦和側木戸にある「中山道ふれあい広場」に向かって、中山道旧道を歩きます。
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昔をしのばせる家を眺めながら歩きました。
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蕨宿の木戸まで来ました。ここで国道17号線と合流しています。
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国道17号線側から眺める。
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⑤【蕨宿木戸 中山道ふれあい広場】
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タイル絵「皇女和宮の行列」
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「大名行列」 
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カラクリ時計
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ここで休憩してから、三学院に向かいましたが、途中民家の「はね橋」を再現してあるので、それを見ていきました。
内側からロープで引き上げています。
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⑥【三学院】 
所在地:埼玉県蕨市北町3丁目2−4
金亀山(こんきさん)極楽寺三学院、京都の真言宗智山派総本山智積院の末寺。
創立年代は不明だが、本尊の木造十一面観音菩薩立像が平安時代後期の作であることや、他に現存する資料から中世以前の創建と考えられる。
天正19年(1591)に、徳川家康から寺領20石を寄進する旨の朱印状が授与されており、以後徳川歴代将軍からも同様の朱印状が与えられている。また、三学院は、足立坂東三十三箇寺の20番、北足立八十八箇所の30番にあたる札所としても知られている。

・梵字馬頭観音塔
寺号碑の前にあり、馬頭観音文字塔はたくさんあるが、梵字で書かれているのは非常に珍しい。
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・地蔵堂(地蔵石仏(目疾地蔵)、六地蔵石仏、子育地蔵)
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この中で珍しいのが地蔵石仏(目疾地蔵)
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仁王門
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・仁王門の塀に沿って、庚申塔など石仏群あり
明和6年(1769)造立の青面金剛型庚申塔、寛文2年(1662)建立の二菩薩碑、貞享元年(1684)造立の三猿型庚申塔などがある。
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水舎
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境内は広く、建物にも圧倒される。
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圧倒的な迫力で聳える本堂
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鐘楼
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三重塔
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・阿弥陀一尊図像板碑(文明13年 1481)
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・蕨宿関係墓石群
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木喰観正塔
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⑦【和楽備神社】 
鎮座地:埼玉県蕨市中央4丁目20-9
社伝によれば、室町時代に足利将軍家一族の渋川氏が蕨城を築き、その守り神として八幡神を祭ったのが始まりとされる。一方、「世鏡伝記題臨書」によれば、永正8年(1511年)に鎌倉の住人、成田隼人正が祭ったとする。また、本殿に安置された神体(木造僧形八幡立像)の台座に天正11年(1583年)の文字が薄く残されており、江戸時代以前の創建が窺える。
江戸時代に蕨宿が整備されると、「蕨八幡」「上の宮」と呼ばれ、中の宮(宮田 氷川社)、下の宮(荒井前 氷川社)と共に蕨宿三鎮守として重きをなした。
明治末に神社合併という国策が打ち出され、18社を合祀した。合祀後の神社名に、祭神名(八幡神)を取ることは、各集落とも承服しない状況であった。土地名を冠することとなり、蕨一字では尊厳味がないので、岡田健次郎元町長の知人本居豊穎に依頼し、万葉仮名から取って、和樂備神社と命名した。
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和楽備神社については、既に記事にしています。

その記事を見る


⑧【蕨城址】 (15:20~15:30)
南北朝時代に足利氏一門の渋川義行によって築城され、曾孫の渋川義鏡が古河公方に対抗するための拠点とした。
周囲を沼と深田に囲まれた微高地上に築城された平城で、幅約11.8mの囲掘と幅約8.2mの土塁をめぐらし堀の内側の面積は約12,200㎡となっており、南側には同様の堀と土塁をめぐらせた約21,650㎡の外輪地があり二郭を形成していた。
・1457年(長禄元年)享徳の乱によって起こった関東地方の騒乱を収拾させるために、第8代将軍足利
義政は関東探題として渋川義鏡を関東へ下向させる。義鏡は蕨城を拠点に兵を募ったが、蕨のある足
立郡は大半が古河公方の勢力範囲となっていたために募兵は難航した。
・1462年(寛正3年)扇谷上杉氏と対立した義鏡が失脚したため、蕨城は関東管領と同格である御一家
渋川氏の居城でありながら事実上は扇谷上杉氏傘下の城となる。
・1476年(文明8年)長尾景春の乱の際には蕨城の近隣にある石神井城主の豊島泰経をはじめとした武
蔵国の国人衆が長尾景春に呼応したが、渋川義鏡は扇谷上杉方に残り太田道灌とともに用土原の戦い
等に参加していたと見られる。
・1524年(大永4年)蕨城は義鏡の子渋川義堯が継いでいたが、武蔵に侵攻した北条氏綱によって陥落
させられる。
・1526年(大永6年)真里谷恕鑑(まりやつ じょかん)と里見義豊の助力を得た上杉朝興が北条勢を
破り、蕨城を奪回する。
・1546年(天文15年) 北条氏康が上杉朝定を河越城の戦い(河越夜戦)で破り、渋川義堯は後北条氏
麾下に入る。
・1567年(永禄10年)三船山合戦で義堯の子渋川義基が討死すると蕨渋川氏は断絶し、一族郎党は散
り散りとなり、残った者もその多くが帰農した。またこの時、義基の夫人はその死を嘆き榛名湖に入
水したとされる。
・城主不在のまま廃城となった蕨城は江戸時代になると徳川家の鷹狩用の御殿として再利用された。
・交通の要衝であった蕨は戦国時代には城下で六斎市が開かれており、中山道が整備されると宿場町と
して再び栄えた。
・1816年(文化13年)家臣団の子孫らによって渋川義基と夫人の250年忌を期し、蕨城近郊の宝樹院
に渋川公墓所が造立される。

蕨城址碑
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御殿堀
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御殿堀から続く石垣
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蕨城跡地の公園には、「成年式発祥の地」碑、「ウルマンの青春の詩」碑、ニュートンのリンゴの木があります。

蕨市が成人式の発祥の地です。
終戦で若者が元気をなくしているのを見て、青年団が元気づけようと昭和21年に始めたそうです。
だから、今でも蕨市の成人式は青年団が運営しているそうです。
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その近くに、ウルマンの青春の詩があります。
中年になった頃、会社の机に貼っていた思い出深い詩です。
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ニュートンのリンゴの木
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⑨【長泉院(おしゃみの鐘)】 
所在地:蕨市中央5-13-3
真言宗霊雲寺派寺院の長泉院は、甘露山と号します。長泉院の創建年代は不詳ですが、横浜市六浦にあった名跡を移し、円実という沙弥が宝暦5年に当地に創建したといいます。
長泉院の鐘は宝暦八年(一七五八)に江戸神田鍛冶町の小幡内匠によって作られたもので、蕨宿では時の鐘として親しまれ、「おしゃみの鐘」とよばれていたといいます。
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入ると、お寺は驚いたことに近代的な建物でふり、そのビルの上にあって、鐘が見えない。
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境内の隅から、望遠ズームを使ってなんとか撮れたのが、この写真です。
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これで、予定した場所には全部訪れることが出来たので、蕨駅に戻り帰途につきました。

(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

格子戸の古っぽい民家、良いですよね。これで、電線が無ければもっと良いのですが。

三学院、立派な三重塔のほか、板碑があるのですね! ここ、行きたくなりました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
三学院は、すごいですよ。
ぜひ訪ねてみてください。
板碑は、わかり難い所にあるので、
お寺の方に訪ねた方がいいです。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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