開高健/人とこの世界

20091230

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私は開高健が大好きだ。もう居なくなってしまったが、その人間が大好きだった。
あの人の「行動」そのものが好きだった。

それから、あの人が書く文章には、「脱帽」や「敬服」を添えて大好きだ。
彼は文章を、推敲に推敲を重ねて、苦吟したあげくに、とても素晴らしい文章を書いてくれるのだ。
例えば、彼はこういう。
「作家たるもの、美味しい料理を食べたとき、ただ「旨い」とか「美味しい」と書いたのでは、たちまち作家失格なのだ」

ある本での、山の岩清水の表現である。

この水は水晶をとかしたようである。
純潔無比の倨傲な大岩壁をしぼって液化したかのようである。
いまのいままでフキの葉のあいだに小さな、
淡い虹をかけていた水なのである。
ピリピリひきしまり、鋭く輝き、磨きに磨かれ、
一滴の暗い芯に透明さがたたえられている。
のどから腹へ急転直下、はらわたのすみずみまでしみこむ。
脂肪のよどみや、蛋白の濁りが一瞬に全身から霧消し、
一滴の光に化したような気がしてくる。


NHKのBSで本を紹介する番組をやっているが、このあいだ開高健の特集をしていた。そのときに紹介された一冊が、まだ読んでいないものだったので、すぐに購入した。それが今日紹介する本である。
残念ながら、文庫本しかなかった。
私は、書棚の一角に「開高健コーナー」を設けているので、それなりの本が欲しかったのだが。
そのうち古本屋で見つけてやろう。

この本は、彼が自ら選んだ強烈な個性の持ち主たちと相対して、対話や作品人物描写を通して肖像として描き出した「文章による肖像画集」である。
どんな人たちなのかは、トップの写真のなかに名前が入っているので、それで紹介とします。

最初の「広津和郎」を読み始めてすぐに、数ページ目に彼特有の言葉にめぐりあった。
「そのあたりの話がはじまると耳が勃起した。」
耳が勃起した。
なんという表現だろうか。
彼の本を読んでいると、こういう言葉にぶちあたるのが、なんとも言えない。

彼の文章は、こんなふうである。
 さきに引用した昭和十三年の『散文精神について』の言葉のまま広津さんは悲観もせず、楽観もせず、音もあげず、滅入りもせず、誇らず、倣らず、卑下もせず、蔑みもせず、北海道から九州まで心のうごくままに足をうごかして、訴えて歩いた。
広津さんはあくまでもインサイダーとして徹底した合法闘争をやってのけた。ブルドッグという犬は噛みついたら放さないそうだが、もし優雅なブルドッグというものがいたら、それは広津さんのことだろう。一度よくよく見定めてガブツとやったがさいご、万年床に入ったままどこまでもひきずられていって放そうとしなかったのである。
広津さんと話をしていると、「闘争」とか、「抵抗」とかはもちろんのこと、「行動」、「実践」などという言葉も漂ってくることがないのだった。ほんとにそれはおどろくべきことだった。
あまり広津さんが枯淡・超脱しているために、酒を飲んでいると、ふと、こんなことは誰にでもできるのだという気のすることがある。ところが一度、杯をおいて、ちらとふりかえってみると、たちまちそそりたつような厖大、緻密なるものの堅牢な堆積が眼に入り、周章狼狽して眼を伏せてしまうのである。それまで私はこのような行動人に出会ったことがなかった。


きだみのる氏との対談は、きだ氏が大人物なだけに、底抜けに面白い。
開高:歯はいつお人れになったんですか。
きだ:去年じゃないかな。
開高:それまでは前歯一本しかなかったでしょう。ぼくが寿屋の宣伝部にいた頃はとても言葉が聞きとりにくかったですよ、日本語が。けれど、いつかどこかのホテルのバーでロベール・ギランと話をしていらっしゃるところを聞いたら、フランス語があんまりきれいなので、ビックリしたです。歯が一本しかないのにどうしてあんなきれいなフランス語がしゃべれるのかと思いましたね。
きだ:それは日本語のほうがわるいのだ。日本語はしゃべりにくくてしようがない。フランス語だといいんだ。このあいだも佐藤美子さんがそういってた。フランス語をしゃべる機会がなくてというから、ではここでやろうといってしゃべったら、佐藤さんが、あんたあんな山のなかの気違い部落なんかにいて、どうしてフランス語が錆びないんだろうといったが、錆びないよ、イギリス語よりも。
開高:そうかしら。それからいつか奈良の「白い共産部落」(註・心境村のこと)へフランス人の記者をつれていって、いっしょに風呂へ入って、これは日本独特の習慣でフランスにはないだろう、これは一つの文化だぞというようなことをおっしゃったでしょう。あれはNHKか何かの録音で、ぼくはほとんどラジオを問いたことがないのだけれど、たまたまスイッチをひねったらやっていて、そのフランス語が十九歳の少年の朝みたいなフランス語でね(笑)。
きだ:おれの声は非常に若いのだ。
開高:びっくりした。玉をころがすみたいなの……。
きだ:これはまァ、支那の皇后様の声みたいなことをいうが(笑)。


ここに書いてある人たちを、開高健が様々な言葉を通して、その「人なり」を表現しているのを呼んでいるうち、私も開高健を表現する言葉を捜していた。
「求道のひと」
どうだろうか。

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コメント

こんにちは

山の岩清水のところ、いい表現ですねー!
凄いです。
開高健は釣り好きで、世界中を釣りして回っていたことは知っていますが、こんな凄い表現される人だったのですね。

最高の贅沢!

四季歩-san
こんにちは〜!
「本を読もう」のカテゴリーを開設できることが、本当に羨ましいです。
音楽を聴きながら本を読む!
これって、最高の贅沢ではないでしょうか?

今年は、ありがとうございました

kurt2さま
開高健は、ほんとうに文章を吟味して
書いていました。
1年で、原稿用紙18枚しか書けなかった
年があったそうですよ。

彼の文章を読んでいると、
いつも感服してしまいます。


yuhotoさま
ほんとに、私は本が大好きな人間
なんですよ。
本棚に並んでいる本が、私の頭脳を
形成しているような気がして、
本は、絶対に捨てられませんね。
(笑)

う~ん、なるほど・・・

四季穂さま、
大変遅くなりました。
音楽にしてもそうだけれど、文章の好みというのも百人百様ですね。
私はどちらかというと精緻を凝らしたテクニカルな文章よりも、平易で飄々たる中に人生の深みと苦さ、諦観とユーモアが示唆されてるような文章が好きかな。
開口健というと(ただの勝手なイメージかもしれませんが)私にはどうしてもエネルギッシュなイメージがあって、私はもう少し洒脱で軽いエネルギーの人が好きなんだと思います。
でも、開口健が大岡昇平を、金子光晴を、田村隆一をなんと評してるのかはちょっと興味が湧くところです(^-^)

そうきちさん

なるほど。
そうきちさんは、自分がエネルギッシュだからかな(笑)

開高健は、文章の推敲で毎日のたうちまわったあげく、
それが半年くらい続くと、ストレスで背中が痛くて痛くて、
それで飛び出すんだそうです。
釣りに。

きだみのる、とか金子光晴との対談は、
私はひっくり返りましたね。

ぜひぜひ読んでください。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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