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「越山~上杉謙信侵攻と関東の城」展/嵐山史跡の博物館

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12月16日に、この企画展の、学芸員による解説があるということで行ってきました。
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ここでの大きな収穫は、「関東管領」という肩書が上杉憲政から長尾景虎(上杉謙信)に移った際の具体的な手続きがわかったことでした。
川越合戦の際に、上杉憲政が着陣したといわれる狭山市の城山砦のすぐ近くに私は住んでいるので、このあたりについては大いに関心があります。

【川越合戦】
・関東管領上杉憲政(山内上杉)は、上杉朝定(扇谷上杉)が川越城を氏康に奪われたことで非常に危機感を覚え、その奪還を図ります。
・まず上杉憲政は、甲斐の武田信玄、駿河の今川義元に呼び掛け同盟を結び、後北条氏に対する包囲網を作り上げた。
・早速駿河の今川義元は、北条氏康に奪われた領地を奪還しようと兵を起こします。
・北条氏康が小田原から動けなくなった状況を作った上で、上杉憲政は天文14年(1545)10月26日に川越城を攻略するため、柏原郷(現狭山市)の城山砦に着陣します。
・上杉朝定も松山城から、古河公方・足利晴氏も請われて出陣し、三軍合計8万の兵で川越城を囲んだ。
・当時川越城には、北条綱成率いる3000の兵で守っていた。当然籠城策をとります。
・8万の軍勢で取り囲んだ上杉方は、兵糧攻めの作戦をとり、それが半年と長引いた。
【川越夜戦】
・北条氏康は、かなり不利な条件で今川と講和を結び、8000の兵を率いて川越の砂窪に着陣。
・彼我の戦力差が大きすぎるため、氏康は常陸小田氏の代官を通じて城の明け渡しを条件に、城兵の助命を求めた。
・しかし足利晴氏は「どうせ城は落ちる」と拒否。
・天文15年(1546)4月20日に氏康は夜襲をかける。
・上杉方は半年にわたる攻囲ですっかり規律が緩んでいたため算を乱して敗れ、北条方の圧勝で終わる。
・上杉朝定は討ち取られ扇谷上杉氏は滅亡。上杉憲政は馬廻り衆3000余が討ち取られ、本拠の上野国平井に敗走した。

その後、上杉憲政は再起を図るが、信濃の争いに巻き込まれ、小田井原(長野県御代田町))の戦いで武田晴信に大敗を喫し、孤立していき、天文21年(1552)に平井城を北条氏康に攻められると維持できずに、越後国に向かい、長尾景虎を頼った。

【上杉謙信と越山】
「越山」とは、上杉謙信による関東侵攻のことを言う。

〇第一次越山:天文21年(1552)7月
 詳細は明らかでないが、上杉憲政の要請で、利根川以北の「北河辺矢嶋(埼玉県加須市)」まで進駐した。

●永禄2年(15595)6月、5000の兵を率いて二度目の上洛をした謙信に13代将軍足利義輝が、関東管領上杉憲政の進退を謙信に任せることを命じた「御内書」を発行。これにより、謙信は関東侵攻の大義名分を得た。
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〇第二次越山:永禄3年(1560)8月に沼田に着陣。沼田城、白井城を攻略、厩橋城(前橋市)を拠点とする。
関東と越後両軍の一部は鎌倉まで進駐。
 永禄4年2月に松山城に着陣、鎌倉八幡宮に願文を捧げる。謙信に属するは上野・下野・武蔵・常陸・安房・上総・下総七ケ国、255名の諸氏。
 3月に小田原城包囲。両軍が直接ぶつかることは無かった。兵糧不足の懸念から包囲を解く。

●永禄3年(1560)3月に鶴岡八幡宮の神前で上杉憲政から関東管領職を譲り受けた。

その後、天正5年(1577)まで第17次まで「越山」を実行した。
●天正6年3月13日、上杉謙信死去

【戦国時代の戦の舞台「城」とはなにか】
 鎌倉時代の武士の「館」から戦国時代の「平山城」までの推移を説明していた。

展示されていた城の絵図・写真
・「一遍聖絵」に描かれた武士の館
・藤原秀郷が築いたという伝承のある「唐沢山城」(佐野市)の写真
・麓に城主が住んだ館のある大川城(米沢市)の絵図
・天守を持つ平城、会津若松城の写真
・戦国期の城の様子をよく表した村上城(米沢市)の絵図
・嵐山町の杉山城の写真

関東の山城のなかでは、私は杉山城が好きである。

杉山城の記事を見る


【上杉謙信の越山と城攻め】
上杉謙信が攻めた城跡から出土した、武器から当時の戦闘がどんなものだったかを説明している。

・銃砲撃と弓射で始まる攻城戦
・打ち物戦と出土遺物
・降伏と落城-焼けた城郭
・略奪と出土遺物

城跡から発掘された展示品の中では、金山城(太田市)の銃弾・砲弾が印象深かった。

約1時間、学芸員さんが展示品の説明をしてくださり、いままで上杉謙信が小田原城を攻めたとか断片的にしか知らなかった「上杉謙信の関東侵攻」について、総合的に理解でき、色々な発見があり、とても有意義でした。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この手の話って、小説とかTVドラマだとかで描かれないと、中々、わからないですよね。「海音寺潮五郎:天と地と」辺りが最もよく描いているのではと思いますが、残念ながら、読んだことはありません。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
この辺の話が小説になれば、私も飛びつくんですが。
なかなか無いですね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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