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吒枳尼天(だきにてん)/日本の神々の話

20190120

私の住んでいる市に稲荷山公園があり、西武池袋線の駅名にもなっている。
当然「稲荷山」の名のもとになっているお稲荷さんがある。
その稲荷神社に、この地域の史跡めぐりで参拝したところ、「豊川吒枳尼眞天」という幟があった。
190120dakini.jpg


市の『社寺誌』によれば、この神社の祭神は「豊宇気毘売命」となっているので、アッと思った。
おそらく、この稲荷神社は豊川稲荷を勧請したものだろう。明治の神仏分離令があり、稲荷神社の祭神としては当たり障りのない神名を神社本庁には届けたものとみられる。
そういう例はたくさんあって、祇園祭はもともとは「牛頭天王」を鎮めるための祭りだが、明治の神仏分離令以後は京都の八坂神社でも祭神は「素戔嗚尊」になり、狭山市でも八雲神社と社名も変え祭神を「素戔嗚尊」にしている。八雲神社の祭礼が「入間川の天王さま」となっているのはそれによる。

吒枳尼天は仏教の神(天)。インドのヒンドゥー教の女鬼(半女神)に由来する。
梵語のダーキニー(skt:Ḍākiṇī)を音訳したものである。また、荼枳尼展、荼吉尼天、吒枳尼天とも漢字表記し、吒天(だてん)とも呼ばれる。一般に白狐に乗る天女の姿で表され、剣、宝珠、稲束、鎌などを持物とする。
荼枳尼”天”とは日本特有の呼び方であり、中国の仏典では”天”が付くことはなく荼枳尼とのみ記される。ダーキニーはもともと集団や種族をさす名であるが、日本の荼枳尼天は一個の尊格を表すようになる。稲荷信仰と習合し、今日、寺院の鎮守稲荷の多くは荼枳尼天を御神体とする。

伝来:
平安初期に空海により伝えられた真言密教では、荼枳尼は胎蔵曼荼羅の外金剛院・南方に配せられ、奪精鬼として閻魔天の眷属となっている。半裸で血器や短刀、屍肉を手にする姿であるが、後の閻魔天曼荼羅では薬袋らしき皮の小袋を持つようになる。さらに時代が下ると、その形像は半裸形から白狐にまたがる女天形へと変化し、荼枳尼”天”と呼ばれるようになる。また、辰狐王菩薩(しんこおうぼさつ)、貴狐天王(きこてんのう)とも呼ばれる。

中世:
中世になると、天皇の即位灌頂において荼枳尼天の真言を唱えるようになり、この儀礼で金と銀の荼枳尼天(辰狐)の像を左右に祀るという文献も存在する。また、平清盛や後醍醐天皇の護持僧・文観などが荼枳尼天の修法を行っていたといわれ、『源平盛衰記』には清盛が狩りの途中で荼枳尼天(貴狐天王)と出会い、この修法を行うか迷う場面が記されている。ただし、『源平盛衰記』はあくまでも後世に書かれた文学作品であり、清盛が実際に荼枳尼天の修法を行っていたとする根拠はない。
この尊天は祀るのが非常に難しく、一度祀ると自分の命と引きかえに最後までその信仰を受持することが必須とされ、もしその約束を破ると、その修法を止めた途端に没落する、あるいは災禍がもたらされるとも考えられていた。したがって、これは外法として考えられることもある忌まれる信仰でもあった。荼枳尼天の修法を外法と呼んだ例は中世文学に見られ、『平家物語』には「かの外法行ひける聖を追ひ出さんとす」、『源平盛衰記』には「実や外法成就の者は」、『太平記』には「外法成就の人の有けるに」との記述がある。

習合:
狐は古来より、古墳や塚に巣穴を作り、時には屍体を食うことが知られていた。また人の死など未来を知り、これを告げると思われていた。あるいは狐媚譚などでは、人の精気を奪う動物として描かれることも多かった。荼枳尼天はこの狐との結びつきにより、日本では神道の稲荷と習合するきっかけとなったとされている。なお、狐と荼枳尼の結びつきは既に中国において見られるが、狐(野干)に乗る荼枳尼天の像というのは中世の日本で生み出された姿であり、インド・中国撰述の密教経典・儀軌には存在しないものである。
近世になると荼枳尼天は、伏見稲荷本願所(愛染寺)、豊川稲荷(妙厳寺)、最上稲荷(妙教寺)、王子稲荷(別当 金輪寺)のように、憑き物落としや病気平癒、開運出世の福徳神として信仰される。俗に荼枳尼天は人を選ばないといわれ、誰でも願望を成就させると信じられたため、博徒や遊女、被差別階級等にも広く信仰を集めた。

明治政府が成立すると神仏分離政策を受け、それまで全国の寺社に荼枳尼天を勧請していた愛染寺は廃寺となり、伏見稲荷で荼枳尼天を祭祀することは途絶えた。また荼枳尼天を祀っていた稲荷社も多くは宇迦之御魂神などを祭神とする稲荷神社となった。しかし豊川稲荷や最上稲荷など神仏分離を免れた寺院もあり、その後は一度廃れた鎮守稲荷を復興したり、新たに勧請する寺院も現れ、現在にいたっている。
なお豊川稲荷では荼枳尼天を祈祷の本尊として大般若経転読が、最上稲荷では同じく]木剣加持が行われているが、これは中世に外法と呼ばれた修法とは全く別のものである。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

以前にも書きましたが、信仰する神を変えても同じ神社仏閣を信仰すると言うのですから、日本人の宗教観っていい加減ですね。と言うか、日本人の信仰って、「万物に神宿る」ですので、信仰する神さまは変わってもと言うか、何にでもすがるのでしょうね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私にしてからが、歴史にハマるまでは、
お宮さんにお参りしても、そのお宮は
どういう神を祀っているか知ろうとも
しませんでしたからね(笑)
まあ「八百よろずの神」にお参りしてた
のでしょうね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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