FC2ブログ

伊勢神宮別宮「月読宮」、「猿田彦神社」

20190328

青春18キップの初日、二見興玉神社、伊勢神宮外宮「豊受大神宮」に参拝した後、近鉄宇治山田駅から近鉄五十鈴川駅に移動し、そこから歩いて伊勢神宮別宮「月読宮」、「猿田彦神社」に参拝してから内宮に向かいました。
190328saru01.jpg


近鉄五十鈴川駅から歩いて7分ほどで月読宮に到着。
190328saru02.jpg


伊勢神宮別宮「月読宮」】
鎮座地:三重県伊勢市中村町742-1
参拝日:2019年3月18日

ご祭神:
月讀宮:月讀尊(つきよみのみこと)
月讀荒御魂宮:月讀尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま)
伊佐奈岐宮:伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊佐奈弥宮:伊弉冉尊(いざなみのみこと)

月讀尊は、『記紀』においては、伊弉諾尊(伊邪那伎命・いざなぎ)によって生み出されたとされる。月を神格化した、夜を統べる神であると考えられている。天照大神(天照大御神・あまてらす)の弟神にあたり、素戔嗚尊(建速須佐之男命・たけはやすさのお)の兄神にあたる。
『古事記』ではイザナギが黄泉国から逃げ帰って禊ぎをした時に右目から生まれたとされ、もう片方の目から生まれた天照大御神、鼻から生まれた建速須佐之男命と共に重大な三神(三柱の貴子)を成す。

最高神天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟神の月讀尊が祭神であることから、内宮別宮としては天照大神の魂を祭神とする荒祭宮(あらまつりのみや)に次ぐ順位で、内宮宮域外の別宮としては最高位の別宮である。
正宮に比べれば小規模であるものの、神明造の社殿が4つ並ぶ様は壮観である。

境内は、深い森となっていて荘厳な雰囲気。
190328saru03.jpg


190328saru04.jpg


手水舎
190328saru05.jpg


社務所の前を通り過ぎると、社殿が姿を現わす。
190328saru06.jpg


190328saru07.jpg


右から、「月読尊荒御魂宮」、「月読宮」、「伊佐奈岐宮」、「伊佐奈弥宮」
参拝は、「月読宮」、「月読尊荒御魂宮」、「伊佐奈岐宮」、「伊佐奈弥宮」の順。
190328saru08.jpg


別宮4社の社殿はほぼ同じで、祭神が男神か女神かに関係なく内宮に準じ、内削ぎの千木と、6本で偶数の鰹木を持つ萱葺の神明造で南面している。
月讀宮の社殿はほかの3社より若干大きく、鳥居も大きい。

月読宮
190328saru09.jpg


月読尊荒御魂宮
190328saru10.jpg


伊佐奈岐宮
190328saru11.jpg


伊佐奈弥宮
190328saru12.jpg


これで月読宮の参拝を終え、さらに10分ほど歩いて猿田彦神社に到着。

猿田彦神社
鎮座地:三重県伊勢市宇治浦田2-1-10
参拝日:2019年3月18日
主祭神:猿田彦大神、大田命

月読宮から歩いてくると、脇の入り口から入ることになるが、ここにも社号標があり。
旧社格は無格社(社格がないという意味ではなく「無格社」という社格)で、第二次大戦後は別表神社。
190328saru13.jpg


この日、伊勢地方の神社を巡拝したわけだが、私が一番参拝したかったのがこのお宮である。
私が住んでいる土地の産土神は白鬚神社の猿田彦神であり、「日本の神々」に取り組む嚆矢となったのがこの神であった。なかなか面白い神であり、ずっと一番好きな神である。

日本神話によれば、猿田彦神はニニギの天降りの先導を終えた後、伊勢の五十鈴川の川上に鎮まった。『倭姫命世記』によれば、その子孫の大田命は天照大神を祀る地として倭姫命に五十鈴川川上の地を献上した。大田命の子孫は宇治土公(うじのつちぎみ)と称し、神宮に玉串大内人として代々奉職したが、その宇治土公が邸宅内の屋敷神として祖神の猿田彦を祀っていた。明治時代に入り、神官の世襲が廃止されることになって、屋敷神を改めて神社としたのが猿田彦神社である。
猿田彦神がニニギの先導をしたということから、交通安全・方位除けの神社として信仰されている。

猿田彦神については、拙ブログの「日本の神々」コーナーで既に記事があります。

その記事を見る


社号標の前に、本居宣長の歌碑があり。
190328saru14.jpg


190328saru15.jpg


明治36年(1903)奉納の岡崎型狛犬がいる。
190328saru16.jpg


片方はかくれんぼ(笑)
190328saru17.jpg


正門から入り直します。
190328saru18.jpg


こちらには、「威嚇型」の狛犬が頑張っている。
190328saru19.jpg


190328saru20.jpg


手水舎
190328saru21.jpg


鳥居
このお宮の特徴として、欄干や鳥居には八角形の柱が使用されている。
190328saru22.jpg


190328saru23.jpg


社殿の前に、「方位石」があります。
190328saru24.jpg


190328saru25.jpg


願い別に次の順番で文字に手をあて祈願するとよいそうです。
•仕事運:亥→卯→未。
•金運:巳→酉→丑。
•精神安定・財産ゲット:申→子→辰。
•人気・才能アップ:寅→午→戌。

本殿は「さだひこ造り」と呼ばれる特殊な妻入造。
190328saru26.jpg


190328saru27.jpg


社額
190328saru28.jpg


神紋は、五瓜梅鉢(ごかうめばち)。
190328saru29.jpg


境内には、天孫降臨の際に猿田彦神と応対した天宇受売命を祀る佐瑠女神社(さるめじんじゃ)が猿田彦神社の本殿に向かい合うように建っており、芸能の神として信仰されています。
190328saru30.jpg


190328saru31.jpg


神紋は、天宇受売命らしく「舞鶴」
190328saru32.jpg


境内には、「子宝池」があり。
190328saru33.jpg


190328saru34.jpg


これで参拝を終え、伊勢神宮内宮に歩いて向かいました。



伊勢神宮内宮(皇大神宮)の記事を見る



「神社巡拝」に飛ぶ



「お気に入りの場所」に飛ぶ



スポンサーサイト



コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

猿田彦神社にも行かれたのですね。以前にも書かせていただきましたが、猿田彦神社、今から10年以上前の5/5に行ったのですが、その日は、「御田祭」(おみた)が行われ,本殿の中に入っての「本殿祭」,本殿の後にある「神田」での「神田祭」(田植え),そして,本殿の前での「豊年踊」が行われました。

本殿祭は、神事の後、雅楽が奏されて巫女舞、その後、社殿前での和太鼓奉納でした。

神田祭は時代装束の女の子達が、玉苗を同じく時代衣装を着た男女に渡して、植えられました。その際、田楽も演奏されていました。

田植えの終了後には,恵比寿と大黒の絵が描かれた大きな団扇による相撲「団扇角力」が行われ,今年の豊漁,豊作の占いが行われました。それが終わり,今度は本殿前に戻り,今度は本殿前で「豊年踊り」が奉納されました。

今なら、映像で撮影したでしょうが、その時はフィルム式カメラによる写真のみでしたので、それほど、枚数は撮影しなかったと思います。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
そうでしたか。
うらやましいですね。
本当のところ、そのお宮の神事やお祭りに
参加しないと、そのお宮さんの良さは
わかりません。
それだけ祭りを経験されたなら、猿田彦神社に
対して親しみが深いと思います。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop