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伊勢神宮内宮(皇大神宮)

20190331

鎮座地:三重県伊勢市宇治館町1番地
参拝日:2019年3月18日

青春18キップの初日、二見興玉神社、伊勢神宮外宮「豊受大神宮」に参拝した後、近鉄宇治山田駅から近鉄五十鈴川駅に移動し、そこから歩いて伊勢神宮別宮「月読宮」、「猿田彦神社」に参拝してから内宮に向かいました。
歩いていると、自然に「おはらい横丁」から「おかげ横丁」に入り込みました。

「おはらい横丁」に入った当初は、このように落ち着いていていい雰囲気だった。
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その後どんどん人が増えてきて、「おかげ横丁」ではものすごい混雑。
おかげ横丁でカミさんに「おかげ犬」の人形とか、お土産に買い求めてから、宇治橋にいきました。
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伊勢神宮には、「太陽」を神格化した天照坐皇大御神(天照大御神)を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮の二つの正宮があり、一般に皇大神宮は内宮(ないくう)、豊受大神宮は外宮(げくう)と呼ばれる。内宮と外宮は離れているため、観光で内宮のみ参拝の人が多いが、まず外宮を参拝してから内宮に参拝するのが正しいとされている。

天孫・邇邇芸命が降臨した(天孫降臨)際、天照大御神は三種の神器を授け、その一つ八咫鏡に「吾が児、此の宝鏡を視まさむこと、当に吾を視るがごとくすべし。(『日本書紀』)」として天照大御神自身の神霊を込めたとされる。この鏡は神武天皇に伝えられ、以後、代々の天皇の側に置かれ、天皇自らが観察していた。八咫鏡は第10代崇神天皇の治世に大和笠縫邑に移され、皇女豊鍬入姫がこれを祀る(桧原神社)こととされた。

私は、2017年3月に「青春18キップ」で奈良を歩き回ったときに、大和笠縫邑の桧原神社に参拝しています。

その記事を見る


崇神天皇5年、疫病が流行り、多くの人民が死に絶えた。
崇神天皇6年、疫病を鎮めるべく、従来宮中に祀られていた天照大神と倭大国魂神(大和大国魂神)を皇居の外に移した。 天照大神を豊鍬入姫命に託し、笠縫邑に祀らせ、その後、各地を移動した。
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垂仁天皇25年に現在の伊勢神宮内宮に御鎮座した。
『日本書紀』垂仁天皇25年3月の条に、「倭姫命、菟田(うだ)の篠幡(ささはた)に祀り、更に還りて近江国に入りて、東の美濃を廻りて、伊勢国に至る。」とあり、皇女倭姫命が天照大御神の神魂(すなわち八咫鏡)を鎮座させる地を求め旅をしたと記されているのが、内宮起源説話である(元伊勢伝承)。この話は崇神天皇6年の条から続き、『古事記』には崇神天皇記と垂仁天皇記の分注に伊勢大神の宮を祀ったとのみ記されている。移動中に一時的に鎮座された場所は元伊勢と呼ばれている。

「お伊勢詣で」は、いつの時代も皆さんが押し寄せるので、なかなか静謐な気分で参拝することはかなわない。
江戸時代の様子
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このように静謐に厳粛にお参りするには、きわめて早朝か神事の際にしかかなわないのだと思う。
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今回は、今夕熊野市まで移動する行程を組んでいるため、残り時間が少なくなってしまい、駆け足での参拝になってしまった。

境内図
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宇治橋を渡る。
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五十鈴川はとても穏やかな川に見えるが、流木除けがあることを考えると、荒れることもあるみたいだ。
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宇治橋を渡りきると、いよいよ神域。
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アプローチが極めて広大。
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手水舎
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やはり五十鈴川で浄めたいと思い、禊場に向かう。
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「いすず川 影見る水も 底すみて 神代おぼゆる 峯の杉むら」本居宣長

ここで、足が攣った。
足攣り対策の薬を飲み、仕方ないので正宮だけの参拝に留めることにした。

第二鳥居
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正宮の下まできました。
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巨大な神宮杉。
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南御門の下。
この石段から撮影禁止です。
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この石段は「三波石」。
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続々と人が参拝している。
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正宮の中はこういう風になっている。
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参拝を終え、降りてくると巨石の石垣があり。
清浄な気分で心地よく降りてきたところに、荒々しい石垣があったので、ちょっとビックリした(笑)
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「荒祭宮」の方向に進むと、ものすごい巨木の杉があり。
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皆が撫でていくので、ツルツルになっている。
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〇御稲御倉
その年に神宮神田で収穫した稲を納める穀倉で、祭典で神にお供えする。
正宮の神殿と同じ「唯一神明造り」を間近に見ることが出来る。
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〇外幣殿
遷宮により古くなった古神宝類を納めている。
これも「唯一神明造り」。
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〇神楽殿
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時間も押してしまっているし、足も攣るなどしているので大事をとり、これで参拝を終え、歩いて近鉄五十鈴川駅に戻る予定だったが、タクシーで近鉄宇治山田駅に行き、伊勢市でJRに乗換え、多気経由で、普通電車で伊勢市から3時間半かけて熊野市駅まで移動、熊野市駅前のホテルに泊まりました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おはらい横町、おかげ横町、昔風の建物が多くて良い雰囲気ですよね。と言っても、人が少ない場合ですが。

内宮も雰囲気が良いですね。宇治橋の流木除けも良い雰囲気ですし。五十鈴川の所もあのような形で禊ぎをするの、見たことはありませんし。正宮の所、祈る場所前には布があるので、ちょっと離れると布が無くなるのは面白いと思いました。ところで、正宮のそばまで行って祈っている人、いませんでしたか。私が行った時は、何人か、見かけました。正装で何回も頭を下げるのは、この正宮だけではと思います。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
やはり最高神が祀られているところなので、
そういう方も多いかと思います。
たまたま私がお参りした時には、そういう方は
おられませんでした。
極く稀に、誰も居ない社前で、朗々と祝詞を
上げている方を見かけることがあります。
そういう時は本当に感服します。
祝詞自体は、そんなに難しいものではないので、
私も祝詞をしたいなと思う事もありますが、
やはり恥ずかしい(汗)
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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