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神倉神社・ゴトビキ岩

20190414

鎮座地:和歌山県新宮市神倉1-13-8
参拝日:2019年3月19日

青春18キップの二日目、熊野市駅前のホテルを出発、獅子岩、花窟神社、速玉大社に参拝後、15分くらい歩いて、ここに参拝しました。
最初に断っておきますが、途中で登るのをあきらめ、ちゃんと参拝は出来ませんでした。
色々と行きたい所を詰め込んだ行程であり、538段の自然石石段でも時間の制約が無ければ登れたと思いますが、雨になってしまったのが、致命的でした。

このお宮に参拝したかった理由は二点あった。
最初の一つは、ここのゴドビキ岩を含む山塊が、1400万年前の世界最大規模巨大カルデラ噴火の痕跡であること。これは「熊野カルデラについて」として記事にしています。

その記事を見る


もう一つは、記紀神話で神武天皇の東征の際、熊野に上陸した神武天皇が「熊野の荒ぶる神」により斃れた際に高倉下命が神剣を届けて神武天皇が再起した現場であり、高倉下命を祀っているから。

雨になってしまって滑りやすい自然石の石段を538段は無理としても、有名な「御燈祭り」で夜タイマツを持った若者たちが駆け下る石段を少しでも踏んで帰りたかった。

まず神橋があります。
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社号標
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神倉神社は、熊野速玉大社の摂社である。本宮であるという説が有力である。
新宮市中心市街地北西部にある千穂ヶ峯の支ピーク、神倉山(かんのくらやま、かみくらさん、標高120メートル)に鎮座し、境内外縁はただちに断崖絶壁になっている。山上へは、源頼朝が寄進したと伝えられる、急勾配の鎌倉積み石段538段を登らなければならない。

山上にはゴトビキ岩(「琴引岩」とも。ゴトビキとはヒキガエルをあらわす新宮の方言)と呼ばれる巨岩がご神体として祀られている。この岩の根元を支える袈裟岩と言われる岩の周辺には経塚が発見されており、平安時代の経筒が多数発掘され、そのさらに下層からは銅鐸片や滑石製模造品が出土していることから、神倉神社の起源は磐座信仰から発したと考えられている。

神倉神社の創建年代は128年頃といわれているが、神話時代にさかのぼる古くからの伝承がある。『古事記』『日本書紀』によれば、神倉山は、神武天皇が東征の際に登った天磐盾(あめのいわたて)の山であるという。このとき、天照大神の子孫の高倉下命が神武に神剣を奉げ、これを得た神武は、天照大神の遣わした八咫烏の道案内で軍を進め、熊野・大和を制圧したとされている。しかし、「熊野権現御垂迹縁起」(『長寛勘文』所収)には神剣と神倉山を結びつける記述はないことから、天磐盾を神倉山と結びつける所説は鎌倉時代以降に現れたものと考えられている。

熊野信仰が盛んになると、熊野権現が諸国遍歴の末に、熊野で最初に降臨した場所であると説かれるようになった(「熊野権現垂迹縁起」)。この説に従えば、熊野三所大神がどこよりも最初に降臨したのはこの地であり、そのことから熊野根本神蔵権現あるいは熊野速玉大社奥院と称された。平安時代以降には、神倉山を拠点として修行する修験者が集うようになり、熊野参詣記にもいく度かその名が登場する。『平家物語』巻一〇の平維盛熊野参詣の記事に登場するほか、応永34年(1427年)には、足利義満の側室北野殿の参詣記に「神の蔵」参詣の記述が見られる。

ご祭神:天照大神、高倉下命

神倉神社の説明にも、「御燈祭り」が大きく取り上げられている。
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神倉神社HPに載っている「御燈祭り」の写真
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野口雨情句碑
「見せてやりたい 神倉のお燈まつりの 男意気」
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手水舎
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登り口には杖が置いてあり、私も杖を頼りに登った。
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登り口には、立派な両部鳥居がある。
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自然石のすごい石段である。
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少し登って下を見ると、やはりすごく急だ。垂直に近い。
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ゼイゼイ、ハアハアと125段登ったところに、平坦な地があり、「中ノ地蔵堂跡」だ。
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中腹にある境内二社。
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中ノ地蔵堂
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火神社
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途中に見晴らしのいい所があるらしかったが、残念ながらここではなかった。
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上から降ってきた人が降りていく。
垂直に近いのがよくわかる。
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ここまで登りに要した時間よりも、下りにはだいぶ時間がかかるだろうと予想、ここから先はあきらめた。
まだまだ石段は続いていく。
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垂直に近い石段を慎重に降りていく。
身体が固くなっているし、垂直に近いので、真っ直ぐに降りるのは難しく、斜めに降りていくことになる。
上りよりも下りのほうが、ずいぶんと時間がかかった。
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登り口の鳥居まで降りて来た時、行者風の一団とすれ違った。
けわしい石段を上っていった。
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*******
頂上まで登って参拝したかった、ゴトビキ岩と神倉神社。
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そこからは熊野灘が、きれいに見えるらしい。
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ここから、新宮駅前まで15分くらい歩いて戻り、バスで熊野本宮大社に向かった。


熊野本宮大社旧社地「大斎原」の記事を見る



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

上まで登ることができなくて残念でしたね。ここは、「長い石段→広場→ゆるい石段→門→山の中腹の見晴らしの良い場所→社殿」と言う具合になっていました。前述のごとく、私は謂われとかは知らなくて、単純に景色が良い場所と言うことで登ったので、上の社殿は小さいのが崖の上に乗っていると言うことしか思わなかったのですが。


下に降りてから道を歩いていて、山の上の方に朱色のお宮が見えたので、ああ、あそこまで登ったのだとわかりました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
やはり、ゴトビキ岩を見なかったことが
悔やまれてなりません。
他にも行きたい所がたくさんあったので、
いつのことかわかりませんが、再訪を
果たしたいと思います。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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