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市川市立歴史館・考古博物館・堀之内貝塚

20190706

所在地:千葉県市川市堀之内2-26-1
訪問日:2019年6月28日

所属する歴史クラブの「博物館に行こう」グループで訪問しました。この日の企画した行程は、市川市立歴史館・考古博物館・堀之内貝塚⇒矢切の渡し⇒寅さん記念館⇒柴又帝釈天です。

前夜から台風が襲来するという天候でしたが、出発最寄りの駅集合時間8:30には雨が上がるという予報だったので決行しました。
北総鉄道「北国分駅」で下車して歩いて10分ほど、博物館には10:40に到着。12:00まで見学しました。

【市川市立歴史館】
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鎌倉時代からの市川の歴史や文化を紹介しています。とくに海辺と台地、水路と陸路などの地形を生かした市川の生活や生業 (塩づくり、海苔の養殖、米づくり、梨づくりなど)を、郷土コーナーでは市川にかかわる人物や民俗行事などをとりあげています。

時間が限られているので、ここでは市川に関係する歴史的事件について展示を見ました。

展示室
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源頼朝旗上筏渡之図
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源頼朝挙兵を助けた千葉氏
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中山法華経寺
日蓮はその布教活動の中で幾度と無く迫害を受けたが、その際千葉氏に仕えていた富木常忍や太田乗明は管轄していた八幡荘に日蓮を迎え入れ保護した。特に千葉氏の被官であった富木常忍は、日蓮のために若宮の自邸に法華堂を造営し安息の場を提供するとともに、文吏であったため紙筆を提供してその執筆を助けた。当寺に多くの日蓮の遺文が遺されているのはその縁であると言われている。
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国府台合戦
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【市川考古博物館】
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市川市には原始・古代の遺跡が多く、土器・石器・埴輪・瓦などの考古資料も多数出土しています。これらを活用して、先土器時代から平安時代までの市川のようすを中心に、時代を追って展示している。

入ると、頭上にクジラが泳いでいる。
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昭和33年に、ビル工事現場で発掘された。種名は「コククジラ」で生息年代は約5000年前。
縄文時代の市川の海で泳いでいたクジラが、今は考古博物館ロビーの天井で泳いでいる。

下総台地の地質柱状模型
上から、表土、立川ローム層、武蔵野ローム層、東京軽石層、下末吉ローム層、木下層、
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市川市 縄文時代の遺跡の分布
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木下貝層
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沼サンゴ層
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先土器時代の石器
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黒曜石
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安楽寺貝塚の貝層
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ここは、「堀之内式」という名前が付いた土器があるのがうらやましい。

堀之内1式/縄文後期
深鉢形土器
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堀之内2式/縄文後期
深鉢形土器
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土偶
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国府台遺跡出土品(弥生時代)
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古墳時代の出土品
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博物館前庭に「木下層の貝化石」が置いてあった。
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【堀之内貝塚】
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現在は、埋め戻されて普通の公園の感じ。
ただ、学芸員の方に聞いたら、「注意して道端を見て行けば、貝殻はけっこう落ちています」とのことだったので、それを探してみた。
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階段の横の小山のまわりに貝殻がたくさん落ちていたので、これが貝塚かしらん?
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貝殻がわりと落ちていた。
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12時に集合して、北総鉄道「北国分駅」から隣の「矢切駅」に移動。駅近くのファミレスでお昼を食べてから、「野菊の墓文学碑」経由「矢切の渡し」に向かった。



「野菊の墓」文学碑と矢切の渡しの記事に飛ぶ



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なるほど、市川だったら、縄文時代はかなり海に近かったのでしょうね。

土偶って、私の意識だと地方から出ると言うイメージだったのですが、市川市からも出土するのですか!

matsumoさん

コメントありがとうございます。
縄文時代の土地感覚は、「住みやすいところ」と
「住みにくいところ」だったと思います。
そういう意味では、とこも同じだったと言えます。
稲作を始めてから、定住がはじまり、ムラが
できたのですよね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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