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早稲田水稲荷神社

20190725

鎮座地:東京都新宿区西早稲田三丁目5-43
参拝日:2019年6月26日、7月15日
主祭神:倉稲魂大神・佐田彦大神・大宮姫大神

参拝したのは、都電荒川線の旅を楽しんだ6月26日と高田富士塚に参拝した7月15日です。
6月26日は充分に写真が撮れず、7月15日高田富士に参拝したあとは独りだったので十分に写真が撮れ、こちらの写真を中心にして、しかし6月26日のほうが天気が良かったので、こちらも使用しています。

社号標と入り口石段
社格等:村社
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この日は「富士祭り」と云って、年に2日しかない富士塚「高田富士」に登れる日です。
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早稲田水稲荷神社は、別名戸塚稲荷神社、高田水稲荷神社と云います。
歴史:
・941年(天慶4年) - 藤原秀郷が冨塚の地に稲荷大神を勧請し「冨塚稲荷」と命名。
・1702年(元禄15年) - 神木の椋の根元より霊水が湧きだし、眼病に利くとして評判となり、火難退散の神託が下ったことから、「水稲荷神社」と改名。
・1788年(天明8年) - 「江戸の水稲荷」を名乗る翁が現れ、京都御所の大火に功績を認められ、「関東稲荷総領職」を賜る。
・1963年(昭和38年) - 早稲田大学と土地交換を行い、甘泉園(清水徳川家の下屋敷)である現社地に遷座。

名所図会「高田稲荷」
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拡大
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図の中央少し上の「いなり」が高田稲荷(たかだいなり)で水いなりとも呼ばれていました。稲荷の右上側に「富士山(ふじさん)」、さらにその右下に「浅間」があります。これが「高田富士」です

当社を勧請した藤原秀郷(俵藤太)は、天慶三年(940)に平将門を討っており、当社は平将門(霊)調伏の神社とも考えられる。
加門七海の著書『平将門魔方陣』)には、当社などの江戸における平将門ゆかりの神社が、一種の魔方陣として配置されているのでは、と記されている。
それで、私も関心を持って「平将門魔方陣めぐり」も神社巡拝のコースとしている。
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石段を上がると、「堀部安兵衛の碑」がある。
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元禄七年(1694)二月十一日のこと、安兵衛は市ヶ谷から喜久井町を通り、馬場下の小倉屋で、枡酒をあおると高田馬場に駆けつけ、叔父の菅野六郎左衛門の果し合いに助太刀し相手方三人を切り倒した。
この果し合いの場所は、現在の西北診療所のあたりといわれています。
この決闘で助太刀をした安兵衛の活躍が江戸中で評判になり、後に講談や芝居の題材となりました。 安兵衛は、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)切腹後、終始あだ討ち推進派として活躍。元禄十五年吉良邸に討ち入ったその功績が称えられ、明治四十三年(1910)に安兵衛の石碑が旧高田馬場、現在の茶屋町通りの一隅に建立されました。その後、昭和四十六年に現在の水稲荷神社の現在の場所に移されました。
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そこから少し進むと、右側に「高田富士」の入り口があり、この日は年に二日しかない登れる日です。
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「高田富士」というのは、日本で初めて出来た富士塚です。
富士講中興の祖・食行身禄の直弟子高田藤四郎が現実に富士山に登れない人のために、「富士塚」というものを考え出し、日本で最初に作りました。
この高田富士登拝については、別記事とします。

それからしばらく進むと、鳥居がある。
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貫に沿って注連縄が一文字に張られているのは珍しい。
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手水舎
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玉垣入り口
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真っ直ぐの参道の脇に、可愛らしい「神田」があり。
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拝殿の前には、昭和3年(1928)奉納の狛狐が居る。
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唐破風を二つ重ねた、重厚な拝殿。
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大棟瓦が面白いデザインだ。
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向拝上部装飾も、抱き稲を抽象化したものと思うが、良いデザインだ。
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参拝部
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幣殿
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神紋「包み抱き稲」
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社殿の横を通って、「冨塚古墳」を見に行こうとしたら、脇の入り口のところにも狛狐が居た。
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改めて、社殿の横から「冨塚古墳」を見に行く。
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社殿の真裏の小高い丘は、戸塚の町名の起源ともいわれている「冨塚古墳」です。
元々、早稲田大学9号館裏にあったものがここに移されました。

霊水が湧きだして、その御利益から「水稲荷」と呼ばれたそうで、場所を移したので当然水は湧いていないが、以前の遺構のままなのであろう。
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塚の上には、かなりな数のお稲荷さんの社がある。
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当然沢山の狐がいる。
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鳥居の奥に穴。
狐穴だろうか。
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ここから境内社を巡ります。

北野神社
天神様即ち菅原道真公をお祀りしており、牛込天神町から御遷座されましたが、早稲田大学創立者大隈重信は日々拝礼し特に信奉厚かった社で、高木神社共々早大受験生は必拝の御社です。
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高木神社・水神社・事比良神社
元々、早稲田大学構内にあったものを移しました。その御縁があってか近年特に早稲田大学入学御祈願の霊験が顕著と評判です。
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三島神社
甘泉園の旧所有者、清水家の守護神をお祀りしています。
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大国社
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拝殿の横を通ったら、時間はまだ15:30くらいで、明るかったが、灯が入っていた。
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(了)



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

高田馬場の決闘って、堀部安兵衛が有名ですが、私が思い出すのはTVドラマ「剣客商売」の中の「決闘・高田馬場」です。これ、藩に雇われるためには師範に勝たねばならないというもので、それが高田馬場で行われるが・・・です。

勿論、そこに主人公達が介入するのですが、それが奇想天外と言う訳で。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
「剣客商売」は、あまり真面目に見ていないので、
あったような・・・・と、薄覚えでしかありません。
あの辺は、時代劇にはいかにも登場しそうな
ところですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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