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平等山宝金剛寺成身院百体観音堂(さざえ堂)

20191104

所在地:埼玉県本庄市児玉町小平597
参拝日:2019年10月9日

歴史クラブの秋季定例見学会として、妻沼聖天山歓喜院、児玉百体観音堂(さざえ堂)、渋沢栄一生家・記念館を訪ねました。
最初に妻沼聖天山歓喜院に参拝し、その後熊谷市内で早目の昼食をとってから、ここに到着しました。

現在は本庄市観光農業センターが管理しており、ここの駐車場に大型バスを停めて小休止のあと、お願いしてあったガイドさんの案内で、参拝しました。

まず、さざえ堂とはどんなものか、簡単に説明しておきます。
さざえ堂は江戸中期に忽然と出現しました。最初のささえ堂は江戸本所羅漢寺に建てられたものである。享保1年(1716)ごろ羅漢寺の住職象先によって構想され安永9年(1780)に完成。さざえ堂は江戸市中に大変なブームを巻き起こし、名所図会、錦絵などでその様子を今に伝えている。残念ながら羅漢寺のさざえ堂は地震で損壊して現存していなくて、羅漢寺も治時代に目黒に移転している。
 以降、関東以北を中心にいくつもの類似するさざえ堂が15から20ほど建築された。今でもさざえ堂はいくつかは残っている。この百体観音堂の他に、群馬県太田市の曹源寺、福島県会津若松市の正宗寺等が現存している。また都内に酉新井大師に三匝堂(栄螺堂)があり、堂の内部は初層に本尊の阿弥陀如来と八十八祖像、二層に十三仏、三層に五智如来と二十五菩薩を祀ってあるそうだが、内部は非公開である。

観光農業センターから、30mほど階段を上がっていくと百体観音堂(さざえ堂)に着く。
本来は仁王門も残っていて、そこから参道があるのだが、この日はカットし、いきなり観音堂に。
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ここの百体観音堂は、何を願って作られたのだろう。
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百体観音堂は、天明三年(1783)七月八日(旧暦)、浅間山の大噴火により火砕流・岩層なだれと、それによって引き起こされた洪水で、千五百人以上の人が亡くなり、多くの遺体が利根川を流れていきました。戸谷塚(伊勢崎市)では村民総出で七百人もの連体を収容し、埋葬し、地蔵尊を建立したと伝えられた。
成身院六十九世元真は、死者のために近隣の僧と共に法華経を一万部読諭し、百体観音堂を発顧した。弟子の元映によって寛政四年(1792)に完成した。しかし明治21年(1888)火災により観音堂、像は焼失したが、大鰐口だけは奇跡的に焼損をまぬがれた。明治23年(1910)に再建し、現在にいたる。

 百体観音堂の外見は二階建てですが、内部は三層になっている。一層は中央に聖観音を本尊に祀る護摩堂があり、その周りを秩父三十四観音札所の本尊が並んでいる。細い急な階段を上ると二層には三仏(阿弥陀如来像、釈迦如来像、薬師如来像)が祀られている。その周りを坂東三十三観音、三層には西国三十三観音が安置されている。
 そこを「右遶三匝(うにょうさんそう、時計回りに三巡する仏教の礼法)」して百体の観音様にお参りし、別の通路を降りてきます。巻貝の内部に似ているということで、「栄螺(さざえ)堂」といっている。

さざえ堂の長所としては、上がっていく通路と、下る退路が、別々に独立していることで、上がる人と下る人が干渉しないで済むので、落ち着いて参拝出来る。

百体観音堂の外観は二層。
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立派な彫刻がされている。
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大鰐口をたたく前にこれを踏む。
四国八十八ケ所霊場の砂が納められている。
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最初建てられたときからの大鰐口。
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入口は横にある。
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本尊の聖観音は、暗くてよく見えない。
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一階は、秩父札所三十四観音が並んでいる。
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観音は、全て札所の本尊と同じお姿をしていて、素晴らしい造りである。
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二階に上がる階段は、狭くて急だ。
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二階の中心に、阿弥陀三尊が安置されている。
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薬師如来像(左)寛正7年(1466)
阿弥陀如来像(中)応永12年(1405)
釈迦如来像(右)応永12年(1405)
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阿弥陀三尊が安置されている室を囲む壁に沿って、坂東三十三観音霊場の本尊と同じお姿の仏像がが置かれている。
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三階に上がる、狭くて急な階段。
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三階には、西国三十三観音霊場の本尊と同じお姿の仏像がが置かれている。
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百観音全部を見終わり、降りる階段は登りの階段とは別に用意されていて、人が交錯しないようになっている。
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一階の出口から出て、拝観は終了。
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百体観音全てを動画で撮ってきたので、それをユーチューブにアップしてあります。
下記「その動画を見る」をクリックすれば、見ることが出来ます。

その動画を見る



札所百ケ所全ての本尊ど同じかたちの仏像を揃えるという、そのエネルギーには圧倒される。
それも、江戸や大阪という大都市にあるならともかく、田舎の農村地帯である。
昔の宗教にすがる気持ちというものは、すごく切実なものだったのだと、改めて思った。

再びバスに乗り込み、深谷にある「渋沢栄一生家」と「渋沢栄一記念館」に向かった。


次の「渋沢栄一生地・記念館」の記事を見る



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ざざえ堂ですか。私がさざえ堂と言う言葉を初めて聞いたのは、西巣鴨駅近くの「大正大学」のそばを歩いていたら、そこにさざえ堂がある旨の標識があったからですが、未だに、その大正大学のさざえ堂には行ったことがありません。確か、四季歩さんは行かれて、内部がどのようなものであったか、書かれていたと思います。

本庄市のサザエ堂は普通の仏像以外に、百観音まで安置されているですか。そこに行くだけで御利益がありそうな顔ぶれですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
昔の人の、宗教心というのは、すごいものがあります。
おそらく、あの辺では江戸時代なんかは、ほとんど
医者もいなくて、神仏にすがるしか無かったのでは、
とも思われます。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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