FC2ブログ

多摩川台古墳群(前半)

20191216

所在地(古墳展示室):東京都大田区田園調布一丁目63番1号
訪問日:2019年11月29日

歴史クラブの「博物館に行こう」グループの行事で訪問しました。
コースは、東急東横線「多摩川」駅を下車、古墳の上にあるという多摩川浅間神社からスタートし、亀甲山古墳、古墳展示室、多摩川台古墳群、蓬莱山古墳を見て、田園調布駅に出ました。
下図で、下から上に上がっていくコースです。
191216tama01.jpg


多摩川浅間神社が⑮、亀甲山古墳が④、古墳展示室がB、蓬莱山古墳が㉘。
191216tama02.jpg


【多摩川浅間神社】
駅から歩いて数分で、横からの入り口あり。そこに浅間神社の由緒が書かれていた。
191216tama03.jpg


191216tama04.jpg


社号標
191216tama05.jpg


社号標の台石には、ポットホールが幾つも見られた。たぶんこの石は多摩川の流れによって形造られたものだろう。
191216tama06.jpg


入口に面白いもの発見!
「大祓詞」を刻んだ石の車を回転させれば、「大祓詞」を唱えたことになるとのこと。
お寺で見かける「マニ車(転経器)」みたいなものだが、神社にこれがあるのは、初めて見た。
191216tama07.jpg


191216tama08.jpg


石段を上がると富士塚がある。「多摩川富士塚」と呼ばれている。
古墳の上に神社を建て、円墳の傾斜部分を利用して富士塚にしたようです。古墳は5世紀末から6世紀初頭のもので、神社の創建は「鎌倉時代の文冶年間(1185年~90年)と伝えられている。
前方部先端は切り通しで無くなっていますが、墳丘築造企画の復元から全長約00m、後円部径約32m、前方部幅約30mの規模が想定されています。
かって後円部が削平された際、横穴式石室の存在は確認されていないため、埋葬施設は竪穴式の構造だったと思われます。また、填丘の多摩川側斜面を中心に円筒形埴輪・朝顔形埴輪・人物(男子)形埴輪・鹿形埴輪・馬形埴輪などが出土し、豊富な種類の形象埴輪を伴う埴輪列の存在が考えられます。
荏原(台)古墳群の内、野毛古墳群に大形円墳が造られた後、再び田園調布古墳群に前方後円墳が築造されるようになりますが、その再出発の始まりとなったのがこの古墳といえます。

円墳の一部である富士塚に登る。
191216tama09.jpg


191216tama10.jpg


五合目の「小御岳石尊」の石碑
191216tama11.jpg


八合目の烏帽子岩「食行身禄之碑」は勝海舟の直筆。
191216tama12.jpg


二の鳥居
191216tama13.jpg


境内社
小御嶽神社・稲荷神社・三峰神社・阿夫利神社
191216tama14.jpg


小さな狛犬が可愛い。
191216tama15.jpg


191216tama16.jpg


拝殿
191216tama17.jpg


大正3年(1914)奉納の狛犬
191216tama18.jpg


191216tama19.jpg


191216tama20.jpg


本殿は、富士宮の富士山本宮浅間大社と同じ、二階建ての「浅間大社造り」であった。
191216tama21.jpg


境内に素晴らしい展望台があった。
191216tama22.jpg


多摩川の上流
191216tama23.jpg


多摩川の下流
191216tama24.jpg


この日は富士山が綺麗に見えた。
東横線の電車と一緒に。
191216tama25.jpg


191216tama26.jpg


前方後円墳の現在の全景は、あるいは多摩川河原のほうから眺めれば少しは分かったかもしれないが、時間の関係で次に向かって歩いていく。
これが前方墳部分か。
191216tama27.jpg


【亀甲山(かめのこやま)古墳】
大田区の「原始・古代の遺跡ガイドブック」から:
墳形がカメの姿に似た山に見えたため、古くから亀甲山の他、亀塚、亀塚山、亀ノ甲山、亀山などとも呼ばれてきました。カメノコを亀甲と漢字で表記するため「きっこうさん(やま)」と呼ばれることもあります。また、西岡46号古墳とも言われます。宝莱山古墳とは小さな谷を隔てて向き合い、多摩川を南に見下ろす台地上に位置しています。後に、両古墳の間に多摩川台古墳群が築造されます。
 墳丘築造企画の復元により、全長107.25m、前方部幅49.5m、同高さ約7.5m、後円部径餌m、同高さ約10mの大前方後円墳であることが確認されました。墳丘は後円都南端が削られている他はほぼ原形を保っています。国史跡。
 実測以外の調査はまだされていないため、出土遺物もなく、正確な築造時期は不明です。しかし、(1)宝莱山古墳と向き合う位置で、同じ台地上にあること、(2)前方部先端の幅が広がらず、高さも復円部より低い古式の墳形ですが、前方部の広がりは宝莱山古墳よりも大きいこと、(3)青石や埴輪を持たないこと、といった点から、宝莱山古墳の次の世代の首長墓ではないかと考えられています。

多摩川台公園に上がる。
191216tama28.jpg


公園内の亀甲山古墳に沿って歩いて行き、くびれ部分に説明板があり。
191216tama29.jpg


191216tama30.jpg


前方墳の縁に立つと、シルエットがなんとか判った。
191216tama31.jpg


ガイドブックに記載の写真から、このような全景だとわかる。
191216tama32.jpg


【古墳展示室】
四世紀から七世紀にかけて作られた古墳という巨大な墓が実物大のレプリカで再現されている。これは、関東地方で六世紀に造られた横穴式石室をもつ前方後円墳の後円部の一部ということで、具体的にどの古墳の石室というわけではないようだ。多摩川台古墳からの出土品の多くは東京都江戸東京博物館にあり、ここにはレプリカが展示されている。
入場無料。
191216tama33.jpg


入ってすぐ左側に、この辺の地形模型がある。
191216tama34.jpg


多摩川のすぐ横の段丘部分が今回訪ねているところ。
「S」が、今日のスタート地点「多摩川浅間神社」
191216tama35.jpg


出土品の展示は、この墳丘石室の中。
191216tama36.jpg


そこに入る前、面白い展示があった。
よく、「墓前祭」の埴輪が出土しているが、それを当時の服装で再現していた。
191216tama37.jpg


191216tama38.jpg


大刀を持つ女
191216tama39.jpg


191216tama40.jpg


巫女
191216tama41.jpg


191216tama42.jpg


新首長
191216tama43.jpg


191216tama44.jpg


琴をひく男
191216tama45.jpg


191216tama46.jpg


太鼓をたたく男
191216tama47.jpg


191216tama48.jpg


この辺の出土品を展示している再現された墳丘石室に入るわけですが、そこからは次回の記事で。

(以降は次回の記事で)


続きを見る


「お気に入りの場所」に飛ぶ



スポンサーサイト



コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この辺りで行ったことがあるのは、富士塚めぐりで行った浅間神社だけです。古墳の上と言うか、小山の上に社殿があったことを覚えています。

それにしても、この辺り、古墳が結構、あったのですか。初めて知りました。そう言えば、多摩川の鉄橋を渡る時の電車から、富士山が見えることが多いですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
都内の富士塚は、本腰をいれていませんが、
色々なところでお目にかかります。
本当にここは、富士山が綺麗に見えて、
しかも電車とツーショットで撮れるので
いいですね。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop