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雑司ヶ谷七福神めぐり(前半)

20200120

1月6日に行われた、歴史クラブの「江戸再発見」、「伝統芸能・祭り」両グループ共催の催しに参加しました。
豊島区観光協会のマップを利用して回りましたが、順番は一部変更しています。
廻ったのは、①鬼子母神堂⇒②観静院⇒③大鳥神社⇒④清立院⇒⑤清土鬼子母神堂⇒護国寺前で昼食⇒雑司ヶ谷霊園⇒⑥中野ビル⇒⑦仙行寺の順番です。
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都営副都心線「雑司ヶ谷」駅で下車、七福神めぐりのスタートです。

雑司ヶ谷鬼子母神の参道
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【①鬼子母神堂】 大黒天
豊島区雑司ヶ谷3-15-20
拝殿・相の間・本殿からなる豪壮なお堂が深い木立の中にどっしりと構え、江戸後期には将軍の御成りもあったという歴史と格式を感じさせる。大国堂に祀られる大黒天は鬼子母神の夫神にあたる。

まだ時間が早いせいか、七福神めぐりの人よりも近くの保育園の子供たちが目立った。
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まずは、大国堂にお参り。
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大黒天
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本堂
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境内の駄菓子屋さんのおばあちゃんも健在。
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大銀杏も元気です。
幹周/8. 00m、樹高/30m、樹齢/推定600年以上。
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鬼子母神堂を出て、すぐに威光山法明寺の南無妙法蓮華経石碑が建っているところから法明寺の参道を進みます。
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参道途中の右手に観静院があります。

【②観静院】 弁財天
豊島区南池袋3-5-7
1200年以上の歴史のある日蓮宗威光山法明寺の塔頭(たっちゅう)です。
昔は一面の梅林であった。中に天神堂があり、加藤清正は御神体を供奉し、文禄・慶長の役を全うする。後年尊像はこの地に還るが、元の梅林は拓かれ、当院が創設されていた。
芸事上達の神・弁財天を祀る。
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弁才天にお参り。
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本堂
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法明寺の入り口を出たら左に向かい、東京音楽大学の横を進むと、都電荒川線の手前に大島神社はあります。
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【③大鳥神社】 恵比寿神
豊島区雑司が谷3-20-14
正徳2年(1712)疱瘡除けの神として創始、以来雑司ヶ谷一帯の氏神として崇敬されている。江戸時代から続く酉の市は雑司ヶ谷の風物詩の一つ。地誌によれば、創始時には恵比寿神が合祀されていた。

鳥居のところに居る狛犬が、関東では極めて珍しい「出雲構え型」でした。
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恵比寿さんにお参り。
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拝殿にて参拝。
ご祭神:日本武命、(相殿神) 倉稲魂命
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拝殿前には、風格のある「岡崎古代型」狛犬がいます。
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阿形狛犬の足元には、何故かカエルがいた。
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ここのお賽銭箱は、立派な巾着袋だった。
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大鳥神社の横の道(弦巻通り)を都電荒川線を越えて直進、三つ目を左折して進むと清立院の下に出ます。
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【④清立院】 毘沙門天
豊島区南池袋4-25-6
約770年前、真言宗・清瀧寺として創立。後に村を疫病から救った雲水が日蓮聖人像を寺に残したことから日蓮宗・清立院と改める。雨乞いと皮膚病の祈願寺として尊崇された。木彫り毘沙門天像は区指定文化財。
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本堂の建物内に毘沙門天は祀られている。
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毘沙門天像
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まぎらわしいが、前立の毘沙門天像もあり。
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甘酒は一杯百円で、そして泡盛を無料で(!)
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ちょっと疲れた身体に甘酒は有難かった。そのお金は首里城再建のためと書いてあった。
それでは、飲まずにおられません!!
聞いたら、先代の住職さんから沖縄に供養に通っておられて、沖縄と縁が深いのだそうです。
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ここから、次の清土鬼子母神堂までは距離がある。ずっと降っていく。

【⑤清土鬼子母神堂】 吉祥天(寿老人の代替)
文京区目白台2-16
雑司ヶ谷鬼子母神堂に祀られている鬼子母神尊像は、清土のこの地から出土した。清土出現所とはここからついた名前だが、地元では親しみを込めて清土鬼子母神と呼んでいる。
吉祥天はこの鬼子母神の娘神である。
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吉祥天像にお参り。
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本堂
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星ノ井(星の清水)は、形が三角形の井戸。鬼子母神像が出土した際、この泉は星影を宿したといい、この泉で像を浄めた。
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江戸名所図会『清土星の清水』にも、ちゃんと三角形の井戸が描かれています。
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芭蕉の句碑
「芭蕉庵桃青 此道に 出て涼しさよ 松の月」
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入口に入ってすぐのところに道標があるが、最初からここにあったのではなく、移されたもののようだ。
道標「文政六年/これより右みのぶ山ひながた七面堂きしも神出現所道」
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「みのぶ山ひながた七面堂」というのは、調べたら雑司ヶ谷にある「本浄寺」のことだった。
『新編武蔵風土記稿』には、こう記されている。
(雑司ヶ谷村)本浄寺
同(甲斐國身延久遠寺)末、眞要山と號す、本尊三寶祖師、開山眞珠院日要、寛永年中駒込邊に起立し、明暦三年三月十一日寂す、其後根津権現御建立の時御用地となり、寶永四年此地に引しと云。
七面社。相傳ふ此像は甲州身延山七面の像を造立せる頃試に造りし像にて、彼山の寶蔵にありしを、身延三十一世日脱元禄六年紫衣勅許の時、當寺五世正行院日保勤努あるを以て授與すと云、今の社は松平右近将監の寄進なり、大黒の像を合祀す、此像は日蓮仁治年中是性と云し頃、大願を起し自ら浄香と以て煉模し、其後宗門弘通の上弘安三年正月三日再ひ開眼す、運命守護の大黒と云。

「ひながた」というのは、山梨県の身延山久遠寺にある七面の像のひながた、という意味となる。

これで、午前の部は終わり、ちょっと歩いたところにある護国寺の門前に、食べもの屋さんが並んで居るので、分散してお昼を食べ、護国寺門前に集合することにした。

続きは、次回の記事で。


雑司ヶ谷七福神めぐり(後半)の記事を見る


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おっ、私は年末に行きましたが、四季歩さんは、同じ場所を正月の間に行かれたのですね。待ち合わせの場所の都合もあるのでしょうが、雑司ヶ谷駅からというのは結構、変則的ですね。池袋駅からか、護国寺前駅からだと、ほぼ一直前で行けるのですが。でも、昼食のことを考えて、護国寺と言うのも良い考えだと思います。

写真を見させていただいた限りでは、結構な人数で行かれたようですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
ちょうど良い時間に、所沢から乗る電車が、
副都心線直通なので、行きやすかったからですね。
もちろん昼食の場所の都合も大いにありました。
この日は、32名の参加でした。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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