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日光御成道鳩ヶ谷宿

20200321

撮影日:2020年2月28日

歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で訪ねました。
この日は、川口市立文化財センター⇒旧田中家住宅⇒川口元郷から鳩ヶ谷に電車移動⇒日光御成道鳩ヶ谷宿⇒川口市立文化財センター分館資料館⇒市神社⇒鳩ヶ谷氷川神社を訪ねた。

旧田中家住宅を見たあと、近くのレストランで昼食を取り、川口元郷か電車に乗り、鳩ヶ谷駅に降りました。

日光御成道について、予習です。
日光御成道は日光道中の脇街道(付属街道)で本郷追分(文京区)から中山道と分かれ、岩淵宿・川口宿・鳩ケ谷宿・大門宿の5宿を経て幸手追分で日光道中と合流する約12里(約48キロメートル)の街道をいいます。
 道筋は中世の鎌倉街道中道を基に整備されたといわれています。
 近世に入り日光御成道は、日光東照宮を参詣するために通行する将軍専用の街道であったところに特徴があります。将軍の日光社参に利用されるほか、東照大権現(家康)・大献院(家光)の特別回忌法要の代参通行、日光門主の通行、日光東照宮の修復などの御用通行、大名では岩槻藩(享和2年以降の大岡家)が利用しているほか、地方御用の代官所役人や普請役人の通行に利用されましたが、通常は、中山道や日光道中に比へ交通量は多くなかったようです。
 また、日光御成道の整備は、寛永13年(1636)の日光東照宮大造替後には、かなり進んでいたと考えられます。「正保国絵図」「武蔵田園簿」には御成道の道筋と馬継場が記されています。
 延宝8年(1680)の幕府「覚書」によると 「日光海道」(享保元年以降「日光道中」の名称は「宇都宮道」「壬生道」「岩付道」往還と「日光御神領街道」 すべての総称でありましたが、その後、道筋は独立し、日光道中の脇筋道(付属街道)とされ「日光道中岩槻通り」「岩槻道」と幕府通達で記され「日光御成道」の呼称か使用されるのは天明5年(1785)以降になってからです。

川口市周辺の近世街道図
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日光道中と日光御成道
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日光御成道
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下図で、鳩ヶ谷駅から「とんぼ橋」に出てそこから歩こうと思っていたのですが、日光御成道に出たのは、「とんほ橋」と「一里塚」の中間くらいの位置だった。
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見沼代用水にかかる「ふきあげばし」
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見沼用水の下流と上流
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一里塚跡の標識
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氷川神社に通じる「宮道」
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昔の宮道
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現在の宮道
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「御成坂公園」というのが出来ていた。
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行列のタイル絵
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からくり時計があり。
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一日に5回ならしているそうだが、残念時間が合わなかった(泣)
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レトロな良い建物あり。
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「千手院跡」の説明。
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昔の商家らしい建物
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今はバス通りで、広い道になっている。
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本陣跡は、注意して歩いていたのだが見落とした(汗)

川口市立文化財センター分館資料館に到着。
ここの記事は別途。
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資料館を見終わって、もうちょっと日光御成道を「市神社」まで歩いた。

市神社
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そこから、少し戻って「市場杭跡」から氷川神社に入った。
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氷川神社の二の鳥居
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石段の上左右には、とても良い感じの狛犬があり。
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神門
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拝殿
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立派な木彫りの賽銭箱
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たくさんの境内社があったが、「古峯社」には、小ぶりながら、良い感じの狛犬が居た。
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猿田彦を祀る庚申塔
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夫婦樟は、今様にハートの花壇が作られていた。
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これで氷川神社の参拝を終え、一の鳥居からまっすぐ鳩ヶ谷駅に戻った。
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この日は、川口市立文化財センター⇒旧田中家住宅⇒川口元郷から鳩ヶ谷に電車移動⇒日光御成道鳩ヶ谷宿⇒川口市立文化財センター分館資料館⇒市神社⇒鳩ヶ谷氷川神社を訪ねたが、それぞれの場所でたくさんの収穫物があり、充実した一日だった。


川口市立文化財センター分館郷土資料館の記事を見る



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

大昔、川口駅前の川口リリアのコンサートに行った際、偶然、「川口宿 鳩ヶ谷宿 日光御成道まつり」と言うのに出会い、時代衣装を着た1000人以上の大行列を撮影したことがあります。これ、徳川吉宗の日光社参を再現したものと言う触れ込みでした。将軍役は暴れん坊将軍を演じていた役者さんでした。

インターネットを調べてみたら、2018年に第3回が行われたようですので、もしかすれば、来年辺り、行われるかもしれません。

日光社参と言えば、小説”佐伯泰英著「居眠り磐音」”で色々と描かれていますね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
鳩ヶ谷宿の「日光御成道まつり」というのは、そんなに
盛大なんですか。
それは、ぜひ見たいものです。
私も「居眠り磐音」は大好きなので、日光社参での
出来事はよく覚えています。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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