FC2ブログ

金刀比羅宮(その四)

20200502

所在地:香川県仲多度郡琴平町字川西892番地1
参拝日:2020年3月23日
主祭神:大物主命
(相殿)崇徳天皇

「青春18キップの旅2020春」の二日目、四国八十八ケ所第一番札所・霊山寺、阿波国一之宮・大麻比古神社に続き讃岐国一之宮・田村神社当社に参拝し、次いで金刀比羅宮の参拝記事4回目です。

〇御本宮
御前四段坂を上りきると、御本宮拝殿がすぐ目の前にそびえています。
ここまで全785段の石段を、長いからと焦らずに、途中途中を楽しみながら登ってきました。
200502konpi01.jpg


まずは参拝です。
200502konpi02.jpg


200502konpi03.jpg


拝殿内部
200502konpi04.jpg


拝殿から幣殿への入り口には、神殿型の狛犬が守っていました。
200502konpi05.jpg


200502konpi06.jpg


200502konpi07.jpg


200502konpi08.jpg


200502konpi09.jpg


参拝後、横に廻り本殿を拝します。
200502konpi10.jpg


〇神饌殿
拝殿の右袖にあります。
祭典や毎朝夕に神前に献ずる神饌を調進する所です。神饌殿と本宮拝殿は北渡殿でつながっています。
200502konpi11.jpg


神饌殿を経て本宮の北側から、本殿を拝します。
200502konpi12.jpg


ご祭神は、大物主命、(相殿)崇徳天皇です。

由緒:
金刀比羅宮の由緒についてはいくつかの説があり、大物主命が象頭山に行宮を営んだ跡を祭った琴平神社から始まり、中世以降に本地垂迹説により仏教の金毘羅と習合して金毘羅大権現と称したとするものである。(大宝元年十月の晴れ渡った青空から一竿の旗が舞い降りて象頭山に立ったため、この地に宮を建て旗宮と称したとある。)
もともと象頭山にあった真言宗の松尾寺に金毘羅が鎮守神として祀られており、大宝年間に修験道の役小角(神変大菩薩)が象頭山に登った際に天竺毘比羅霊鷲山(象頭山)に住する護法善神金毘羅の神験に遭ったのが開山の縁起との伝承から、これが金毘羅大権現になったとする。
別の説として、『生駒記讃陽綱目』の金刀比羅宮の條によれば、延喜式神名帳に名が見える讃岐国多度郡の雲気神社が金刀比羅宮という記述がある。

海上交通の守り神とされるのは、古代には象頭山の麓まで入江が入り込んでいたことに関係があるとされるとの説があるが、縄文海進での海面上昇は5m程度であり、大物主命が「海の彼方から波間を照らして現れた神」であったことに由来すると考えるほうが妥当である。

長寛元年(1163年)に崇徳上皇が象頭山松尾寺金光院に参籠したことから、修験道の御霊信仰の影響で永万元年(1165年)には、讃岐国に流されたまま崩御した崇徳天皇も象頭山松尾寺金光院に合祀した。

戦国時代には荒廃していたが、松尾寺の別当となった宥盛が信仰を広め境内を整備した。宥盛は死の直前には神体を守るために天狗に身を変えたとの伝説もあり、死後は本堂付近に祀られる。

神紋は「丸に金の文字」
200502konpi13.jpg


〇高台(海抜251メートル)
御本宮の北東側は、人工の高台が広がり、展望台になっています。ここからの眺めは絶景です。讃岐平野の彼方に讃岐富士が美しい姿を見せていました。
200502konpi14.jpg


200502konpi15.jpg


200502konpi16.jpg


〇目標燈
高台の東側に大きな電灯が取り付けられています。夜間に瀬戸内海を航行する船から当宮を遙拝するときの目標になります。
200502konpi17.jpg


200502konpi18.jpg


〇奥宮参拝道
厳魂神社(奥社)にご参拝するには、ここを進んでいきます。
全部で、1368段となります。
私は、遠慮しました(汗)
200502konpi19.jpg


〇神楽殿
建物は入母屋造・檜皮葺です。祭典の伶人楽や雅楽を奏する所です。
200502konpi20.jpg


200502konpi21.jpg


〇南渡殿
本宮から、三穂津姫社まで南北に渡っています。長さは約40メートルで、屋根は檜皮葺です。
明治11年(1878)に建てられました。
200502konpi22.jpg


「こんぴら狗」と「こんぴら狗みくじ」を配布しています。
200502konpi23.jpg


〇三穂津姫社
南渡殿の南端に三穂津姫社があります。本宮の御祭神である大物主神の后にあたる、高皇産霊神の御女、三穂津姫神が祭られています。本殿は檜皮葺・王子造、中殿は檜皮葺、拝殿は檜皮葺・大社関棟造です。
200502konpi24.jpg


200502konpi25.jpg


三穂津姫社の前には、青銅製威嚇型狛犬がいました。
200502konpi26.jpg


200502konpi27.jpg


200502konpi28.jpg


200502konpi29.jpg


200502konpi30.jpg


〇銅馬
三穂津姫社直所の前には銅馬があります。一文銭を集めて作られたといわれています。文政7年(1824)に、周防國花岡驛上原惣左衛門延清より献納されました。
200502konpi31.jpg


〇絵馬殿
三穂津姫社の南側に、絵馬殿があります。
200502konpi32.jpg


絵馬殿の絵馬
絵馬殿には、各地から祈願報賽のために奉納された無数の絵馬が掲げられています。もともとは、生きた駿馬を神に奉納したのが始まりです。後に、絵に描いた馬、つまり「絵馬」を奉げるようになりました。さらに、馬ばかりではなく、武者絵や美人画の絵馬も現れるようになりました。金刀比羅宮は航海安全祈願の信仰を集めていることから、特に船の絵馬が多くみられます。また、特に貴重な絵馬は学芸館に保存されています。
200502konpi33.jpg


200502konpi34.jpg


200502konpi35.jpg


200502konpi36.jpg


200502konpi37.jpg


200502konpi38.jpg


〇流し樽
絵馬殿の奥に、有名な金刀比羅宮だけの独特な風習である「流し樽」が置かれていた。
200502konpi39.jpg


200502konpi40.jpg


「流し樽」の奉納はいつともなく行われるようになった。こんぴらさまに奉納する初穂や神酒、お賽銭を樽に入れ、「奉納金刀比羅宮」と書いた旗を立て、海を航行しながら樽を投げ入れる。すると「流し樽」は外洋に流れ出ることもなく潮に乗り、こんぴらさんのお山の麓の海域に流れつく。
この樽を発見した舟人は、次々と送って丸亀か多度津の港へ届くようにし、その付近の者が金刀比羅宮へ運んで代参する。
いまでも自衛隊の船等がこんぴらさんの沖合を通過する時、樽を海に流して奉納しているそうである。

〇厳島神社
ご祭神:市寸嶋姫尊
三穂津姫社の向かい側に、厳島神社があります。市寸嶋姫尊は宮島に祀られているご祭神と同じで、素盞嗚尊の御女(むすめ)です。俗に弁財天・弁天といわれ、音楽を掌る福徳の神様として崇拝されます。元はこの社は境外にあったのですが、明治31年(1898)にここへ迎え祀られました。
200502konpi41.jpg


〇下向道
三穂津姫社の正面から下に向かって石段が続いています。帰路となる下向道です。
200502konpi42.jpg


200502konpi43.jpg


〇大山祇神社
ご祭神:大山祇神
下向道を下る途中、左側に大山祇神社があります。
大山祇神は山を司り鎮護する神様です。「古事記」に登場し、富士山などに祀られている木花開耶姫は御子神です。
200502konpi44.jpg


下向道を石段628段まで降りてくると、旭社があります。
200502konpi45.jpg


〇旭社
ご祭神は、天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・伊邪那岐神・伊邪那美神・天照大御神・天津神・国津神・八百万神です。
天保8年(1837)に竣工した社殿は、高さ約18メートル、銅板葺の総﨔造二重入母屋造で、全て槻材が用いられています。
200502konpi46.jpg


上層の屋根裏には巻雲が、そして柱間・扉には人物・鳥獣・草花が彫刻されていて、どれも稀に見る華麗な装飾で、旭社は天保時代の芸術の精華を集めた建物とのことです。
おまりに立派な社殿なので、森の石松が代参できたとき、ここが本殿と思い込んでここに参拝して帰ってしまった、という伝説がある。
200502konpi47.jpg


200502konpi48.jpg


「旭社」の扁額
正二位綾小路有長の筆によるもの。
200502konpi49.jpg


ここからは、どんどん下ります。

桜馬場を過ぎて。
200502konpi50.jpg


大門を過ぎて。
200502konpi51.jpg


讃岐平野と琴平の街並みの眺めに名残を惜しみ。
200502konpi52.jpg


200502konpi53.jpg


石段を降りきって、にぎやかな門前町を歩いていて、「とらや」という旅館の彫刻に目を奪われた。
200502konpi54.jpg


200502konpi55.jpg


200502konpi56.jpg


ことでん琴平駅に戻って、コインロッカーに放り込んであった荷物を出して、その先のJR琴平駅に17時ころ到着。これから4時間かけて今治まで移動なので、途中のコンビニで買ってきた軽食でとりあえず空腹を満たした。
JR琴平駅を17:25に乗車、多度津、観音寺、伊予西条で乗り次いで、今治駅に21:27に到着。
駅前のホテルにチェックインして、遅い夕食をとり、そのままバタンキュウであった。
青春18キップ、二日目の長い一日が終わった。

(三日目に続く)


三日目最初の記事「瀬戸内しまなみ海道」を見る


「神社巡拝」に飛ぶ


「お気に入りの場所」に飛ぶ



スポンサーサイト



コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おっ、拝殿までで、奥宮までは行かれなかったのですか。私のホームページにupしている旅行記をチェックしたら、今から26年前の1994. 5. 1(日)に金刀比羅宮に行っていました。本宮(拝殿)から約25分かかって奥社まで行ってきましたが、天気はもやっていたようです。四季歩さんの時は非常に良い天気で良かったですね。

拝殿前の駒犬、木製のようですね。また、とらやの彫刻、すごいです!

matsumo さん

コメントありがとうございます。
本当は、見たいものもあったので、奥宮まで
行きたかったのですが。
2、3年前くらいなら、迷いなく行って
いたと思います。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop