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青面金剛立像①(新旧2基)/武蔵野市

20200619

所在地:東京都武蔵野市八幡町1-1-2 延命寺
撮影日:2018年1月5日

歴史クラブで毎年正月に開催している「七福神めぐり」で、「武蔵野吉祥七福神めぐり」をしたときに、毘沙門天の延命寺の境内にあったものです。

ズラッと石仏が並んでいるうち、庚申塔は4基ありました。
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で、よく見ると江戸時代のものを昭和55年に再建しており、新旧二基のセット2組であることがわかりました。
というのは、どう見ても新しいのに江戸時代の年号が刻まれていたので、エッと思い調べたらそういうことが判明したというわけです。

今回は、そのうち塔身が舟形のもの新旧二基を紹介します。
並んで居る4基のうち、右から2番目が江戸時代のもので、一番左が昭和に再建されたもの。
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【江戸時代に建立されたもの】

塔身は舟形光背。
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銘文:
右側に「奉奇進申庚供養」、左側に「元禄九子年十一月廾七日」と刻まれている。
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塔身:舟形光背
主尊:一面六臂青面金剛立像
日月:筋彫り
主尊の特徴:髪、顔ほとんど不明。岩の上に立つ。
本手:合掌
他の手:欠落してわからず。
脇侍:三猿
造立年代:元禄九年(1696)

日月は筋彫り、辛うじてわかる。

青面金剛は一面六臂、岩の上に立つ。
髪、顔は磨滅していてわからない。
本手は合掌。
他の手は磨滅、欠落してわからない。
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その下の岩に刻まれた三猿は磨滅欠落していて、
どれが「見ざる、聞かざる、言わざる」なのか判別が難しい。
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【昭和に再建されたもの】

塔身は舟形光背。
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銘文は、江戸時代のものと同様に、
右側に「奉奇進申庚供養」、左側に「元禄九子年十一月廾七日」と刻まれている。
200619enmyou10.jpg


塔身:舟形光背
主尊:一面六臂青面金剛立像
日月:浮き彫り瑞雲付き
主尊の特徴:螺髪、顔は仏のような柔和な表情。邪鬼を踏んで立つ。
本手:合掌
他の手:法輪、弓、矢、鉾を持つ。
脇侍:邪鬼、三猿
造立年代:昭和55年(1980)再建

日月は浮き彫り瑞雲付き。
青面金剛は、邪鬼を踏んで立つ。
本手は合掌。
他の手は、法輪、弓、矢、鉾を持つ。
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髪は螺髪、耳は大きい。
顔は仏のように柔和な表情。
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青面金剛に踏まれている邪鬼は、あきらめた表情。
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その下の岩に刻まれた三猿は、
右から、「言わざる、聞かざる、見ざる」。
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この庚申塔の特徴は、
なんといっても、江戸時代の青面金剛が磨滅欠損してしまい、ほとんど像容がわからなくなってしまったのを惜しみ、昭和55年に再建されていること。
ということは、今ではたぶん庚申講の活動は無いにしても、その地域の人たちの連携がしっかりしていて、先祖たちの活動の証拠を大事にしているのではないかと思われる。
そして、ただ元の姿とまったく同様に作るのではなくて、日月の姿や邪鬼を追加したりして、発展形にしているのが面白い。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ええっ、奉納年まで昔のままで、再現しているのですか! ううん、信仰だから良いと言う考えなのかもしれませんが、奉納年は正しいものにするか、あるいは、裏面に写しである旨と、奉納年を彫るとはして欲しいですね。と言っても、行き過ぎの再現のようですが。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
そもそも、これを見た時に新しい石像なのに、
江戸時代の年号になっていたので、
なんだこれは、と調べました。
ルールは、あってないようなものですから。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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