FC2ブログ

天羽槌雄神(あめのはづちのおのかみ) ・建葉槌命(たけはづちのみこと)/日本の神々の話 

20200803

天羽槌雄神は『古語拾遺』に登場し、建葉槌命は『日本書紀』に登場する。
天羽雷命(あめのはづちのみこと)や、倭文神(しとりのかみ)、倭文神(しずのかみ)とも呼ばれる。

全国の倭文神社、静神社、服部神社などで祀られている。
私は、群馬県伊勢崎市・倭文(しとり)神社、埼玉県上里町・長幡部神社、茨城県那珂市・静神社(建葉槌命)で参拝した。

★天羽槌雄神
『古語拾遺』に登場する。天照大神を天の岩戸から誘い出す際に、文布(あや)を織ったとされる。文布は倭文布とも倭文とも書き、「シドリ」また「シヅリ」という織物である。

同じ織物の神では栲幡千々姫命、天棚機姫命が挙げられるが、天羽槌雄神は機織りの祖神とされている。
また倭文(しどり)氏の遠祖でもある。

信仰としてはどちらの名でも織物の神、機織の神として信仰され、全国の倭文神社、静神社、服部神社などで祀られている。

系譜:
神産巣日神の5世孫の天日鷲命の子で、委文宿祢、県犬養氏、美努宿祢、鳥取部連、大椋置始連の祖神とされる。
『新撰姓氏録』には角凝魂命の三世孫が天湯河桁命で後裔が鳥取連、美努連とされ、『先代旧事本紀』には少彦根命が鳥取連の祖神とされる一方、『斎部宿祢本系帳』には角凝魂命の四世孫・天日鷲命の子である天羽槌雄神が鳥取部連、美努宿祢の祖とされている。これらのことから少名毘古那神と天日鷲命と同一神であると考えられ、「角凝魂命ー伊狭布魂命ー天底立命ー天背男命(天湯川田命)ー天日鷲命(少名毘古那神)ー天羽槌雄神(建日穂命)ー波留伎別命」となる。

☆建葉槌命
別名と同一視されるのは建葉槌命(武葉槌命・たけはづちのみこと)である。
建葉槌命は『日本書紀』に登場した倭文神で、経津主神・武甕槌命では服従しなかった星神香香背男(ほしのかがせお)を征服した神とされる。

織物の神が、何故星の神を誅する事が出来たのか、色々諸説ある内の説を挙げるとすると、
1つ目は、建葉槌命が武神だったとする説。建葉槌命の「建」は「武」、「葉」は「刃」と読み替えると武刃槌となり、まさに武神らしい名と受けとれるからといわれる。
この説の裏付けとして、武葉槌命を祀る大甕倭文神社(茨城県日立市)の『大甕倭文神宮縁起』からも武神であるむねを窺わせる内容が記されている。

2つ目は、織物の中に星を織り込んでしまって、星の神を織物の中に封印したとする説。これは、太陽が沈んでも空に星が残っている事を、どうにか出来ないものかと考えた上での苦肉の策だとされる。
『日本書紀』第九段一書(二)に「天に悪しき神有り。名を天津甕星(あまつみかほし)またの名を天香香背男(あまのかかせお)と曰う。請う、先ず此の神を誅し、然る後に下りて葦原中國をはらわん」。是の時に齋主(いわい)の神を齋之大人(いわいのうし)ともうす。とあり、『日本書紀』第九段本文と似た記述がある。これにより齋之大人=建葉槌命とみられ、齋主(祭祀)で征服したとあるので上記の行為を齋主で行うことにより星神香香背男=天津甕星を征服したという説である。
他にも、香香背男側にいた建葉槌命を懐柔し味方に付け、内側から崩壊させた。などの説もある。



日本の神々記事一覧に飛ぶ



スポンサーサイト



コメント

非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop