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能仁寺・諏訪八幡神社・観音寺/埼玉県飯能市

20200815

訪問日:2020年7月31日

所属している歴史クラブの「博物館に行こう」グループの行事で行きました。
午前中飯能市立博物館を見たあと、近くの公園で3密に気を付けながら持参の弁当で昼食。
午後は能仁寺、諏訪八幡神社、観音寺を参拝しました。

【能仁寺(のうにんじ)】
所在地:埼玉県飯能市大字飯能1329、山号:武陽山、宗旨:曹洞宗、本尊:毘盧遮那仏
歴史:
寺伝によれば、文亀元年(1501年)、武蔵国高麗郡加治(現在の飯能)の豪族中山家勝が、諸国を巡歴していた名僧曹洞宗通幻派の斧屋文達を招聘して創建した。小庵であったが、家勝の没後、天正元年(1573年)、子の中山家範が父の菩提を弔うため本格的な寺とし、中山家勝、家範、照守および、その後の中山家・黒田家の菩提寺となる。
宝永2年(1705年)当時、常陸下館藩の大名であった黒田直邦は13世住職泰州廣基とともに老朽化した寺を改築し、伽藍を完成させた。そして、雲水50人、七堂伽藍を構える禅寺として栄華を誇った。

寺号標と仁王門
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寺の由緒書き
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仁王門
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仁王門をくぐると、深い木立の参道に大きな石灯篭が並ぶ。
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参道には、竹の林があったりして、気持ち良かった。
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参道を登りきると、左に折れ中雀門に向かう。
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中雀門
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本堂の前は広々としていて、前衛的な彫刻が置かれたりして面白かった。
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堂々たる本堂
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本尊の廬舎那仏にお参り。
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遠くてよくわからなかったので、望遠で撮らせていただきました。
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本堂の大棟瓦は、迫力がありました。
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境内に飯能戦争で戦った旧幕府軍志士たちを悼む「唱義死節」碑がある。
能仁寺に旧幕方「振武軍」の本営が置かれた。
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寺の説明書き
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名園100選に選ばれているという庭園を拝観する予定だったが、残念なことにコロナ対策で拝観は中止されていた。残念(泣)
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本堂の横の大きな百日紅の木が、少し花を開いていた。
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これで、能仁寺を後にして、諏訪八幡神社に向かった。

途中、この辺のガイドマップに若山牧水の歌碑が載っていたので、それを確認。
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【諏訪八幡神社】
所在地:埼玉県飯能市大字飯能字諏訪前263番地
主祭神:武御名方命、誉田別命 他18柱(豊受姫命、奥津姫命、奥津彦命、火産霊命、大山咋命、
白山姫命、木花姫咲耶姫命、保食命、猿田彦命、天宇受売姫命、埴安姫命、崇徳天皇、武内宿禰、
大日孁貴命、菅原道真、大己貴命、少彦名命、天児屋根命)

創祀は永正13年(1516年)初春11日。 加治菊房丸(中山氏)、平重清(畠山氏)などが建御名方命(諏訪神)を勧請して「諏訪神社」と号し、後に信州から八幡神(誉田別命)を勧請して「諏訪八幡神社」となった。
天正12年(1584年)に加治勘解由左衛門家範、智観寺住僧法印慶賢が再建。
1887年(明治20年) 本殿を現在地に移し、社殿造営。
2016年(平成28年) 社殿改修。

飯能市立博物館の奥からの入り口から入ったので、最初に社殿の前に出た。
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境内社:
〇飯能恵比寿神社:武蔵野七福神の恵比寿と大黒天を祀る。
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武蔵七党のうち丹党の中山家範が霊夢により、再建した話が説明されていた。
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〇丹生(たんしょう)神社
正一位丹生大明神とも称し、享保雛を神体に埴山姫命、罔象女命を祀る。
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武蔵七党丹党は、古くは水銀、銅、砂金、産鉄・製鉄など金属資源に深くかかわりのある集団でした。

丹生大明神の由来書き
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丹生樹
樫の木ですが、丹生大明神のご神徳を具現しているとされ、この名でお呼びしている。
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〇愛宕神社、山祇神社、荒神神社、御嶽神社、琴平神社、加納神社、白山神社、稲荷神社は社殿の裏にあり、武蔵野七福神めぐりの際にお参りしているので、今回は省略しました。

正面入り口の鳥居から出て、次いで観音寺に向かいます。
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【観音寺】
所在地:埼玉県飯能市山手町5番地17号、山号:般若山、宗派:真言宗智山派
本尊:如意輪観世音菩薩、不動明王 ほか
札所等:武蔵野七福神・寿老人
※1867年(慶応4年)の飯能戦争で、幕府軍(振武軍)が立てこもった寺の1つ。

諏訪八幡神社から歩いて来たので、直接本堂と不動堂の前に出ます。
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本堂内部
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ご本尊の前に、天井から一対の白馬が吊られているのが珍しい。
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不動堂
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この日は、見ることが出来なかったが、武蔵野七福神めぐりでは、ここに寿老人が置かれる。
武蔵野七福神めぐりの時の写真
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〇白象
鐘撞き堂には第二次世界戦争中、鐘が供出されてしまったため堂のみが残されていたが、昭和40年頃に飯能銀座のせんべい店「亀屋」の店主が張り子の象を制作し、のちに観音寺の堂に収められて現在に至っている。公式ページには象にまつわる仏教説話が語られている。なお入間市と飯能市境の入間川沿いではアケボノゾウの化石も産出されている。
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ここから、飯能河原が遠望できます。
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〇飯能鬼子母神
鬼子母神とゆかりの深いザクロが飯能の名産だったため、飯能商工会議所と協力して平成19年11月に設置された。
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境内には、句碑が二つあります。

松尾芭蕉の句碑
「枯れ枝に鴉のとまりけり秋の暮 はせを」
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水原秋櫻子の句碑
「むさしのの空真靑なる落ち葉かな」
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蓮の花が咲き始めていた。
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これで、この日の予定は終り。
正面入り口から出て、飯能駅に向かいました。
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途中、蔵カフェで涼をとりました。
美味でした。
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

行かれた3つの内、能仁寺と観音寺しか、それも、秋に行ったのですが、両方共、良いお寺ですよね。特に、能仁寺は裏山が天覧山ですので、私にとっては点数が高いです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
飯能は、昔林業で栄えただけあって、
良い寺社が多いです。
matsumoさんも、天覧山お好きなようですね。
名前の良い山ですね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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