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七本木(しちほんぎ)神社(延喜式内論社)/埼玉県児玉郡上里町

20200826

鎮座地:埼玉県児玉郡上里町七本木3237
参拝日:2020年6月29日
主祭神:素戔嗚尊

この日は、武蔵国式内社のうち「賀美郡・四坐」を訪ねた。
長幡部神社、今城青八坂稲實神社、今城青坂稲實荒御魂神社、今城青坂稲實池上神社の4坐である。
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関越高速自動車道の上里SAを挟んだ両側に今回の神社が鎮座しているが、この地帯は大変な場所である。下図で左上から流れてきて右下に太い流れになっているのが「利根川」。
それに直前に高崎からと富岡から流れて来た二つの川が合流した「烏川(からすがわ)」が、下から流れて来た「神流川(かんながわ)」と合流して直後に利根川に合流している。
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そのため、この一帯は何度も大洪水に見舞われたことは間違いなく、上記4坐のうち一社が継続しているのは長幡部神社だけで、他の三坐は、上里町の5社と神川町の3社が論社となっている。
で、この日は上里町にある6社を巡拝しました。

最初、天神社からスタート、次いで長幡部神社に参拝し、その後にこの神社に来ました。
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社号標
社 挌:合祀されている榛名大神社が式内社の(今城青八坂稲実神社、今木青坂稲実荒御魂神社、今城青八坂稲実池上神社)に比定されている。  旧村社
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由緒書き
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当地は、旧家金井家が開発した土地であり、地名の由来は、村内に七本の古木があったことによる。『児玉郡誌』(昭和2年刊)には、久保田新田の旧八幡神社境内に、「八幡の大欅」と称される樹齢670年ほどの大木があり、地名の由来となった七本の内の一本であり、他の六本は枯れてしまったと記されている。
創建については、金井家の火災により古文書を失い不詳であるが、邸内社として祀っていた八幡神社が村の鎮守となったものである。
『明細帳』によると、明治42年に、榛名大神社・愛宕神社・白岩神社・稲荷神社二社・八幡神社二社を合祀して、社名を七本木神社と改めたものである。
明治の悪法「明治合祀政策」のせいである。一地域には一つの神社しか認めないと。それを地方役人が推進した。困ったのは地域の人々である。色々な由緒ある神社を一つにまとめると、その中の一つだけを選ぶわけにはいかず、地域の名前を採用した神社名になった。こういう例が至る所にある。

問題は祭神である。境内の由緒書きには素戔嗚尊だけしか書かれていない。
ここれを考えるに、合祀した各神社の祭神からではなくて、まったく新たな「素戔嗚尊」を祀ることにしたようだ。日本書紀、古事記に登場しているので、天皇の神統にも近く、お役人の受けもいい。素戔嗚尊は国土開発の神であるから五穀豊穣、商売繁盛の神となり、疫病の神・牛頭天王にも比定されているので疫病封じの神でもある。地域の人たちの合意もしやすかったのではないか。
色々な情報を見ると、この神社の祭神を「誉田別尊、倉稻魂命、菅原道真」としている記事が多い。
もとは八幡神社だから「誉田別尊」を外せないというのはわかるが、そうなると式内論社だというので参拝に来た私からすると、火産霊神をはじめとする榛名神社の祭神の八柱が入らないのは解せない。
そのように、ご祭神のことをあれこれ考えながら参拝をしました。

鳥居をくぐって入る。
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細長い境内で、参道が長く続く。
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途中に手水舎があり。
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社殿の周囲には、適当に樹が生えていて、いい日陰になっている。
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拝殿の前には、狛犬がいる。
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入母屋造りの拝殿
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向拝部には、社額はなく、赤い賽銭箱が置かれているのみ。
中は暗くてよくわからない。
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背後に本殿覆い屋がある。
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覆い屋には、縦格子の並ぶ窓があり、その狭い隙間から覗くと、本殿が垣間見えた。
立派な本殿でした。
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前掲の由緒書きによれば、一間社流造りの本殿には、弓矢を手に持つ八幡大明神坐像が厨子に納めて奉安されている、とのことである。

社殿の横には、合祀社の旧本殿7社を納めている覆い屋があり、稲荷社を安置した面には赤い鳥居が奉納されている。
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それに続く覆い屋には、合祀社の旧本殿が大切に収納されている。
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社殿背後には、境内社の石祠群が並ぶ。
八坂神社、金山彦命、大山祇命、日本大小紳祇、八百万神、天照皇大神の石祠・石碑である。
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これで、七本木神社の参拝は終わったが、後回しにした「庚申塚」が入り口から入ったところにあった。

七本木神社の庚申塚
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なんと98基の庚申塔が建てられているとのこと。
庚申塚全貌
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私は、関東の庚申塔を巡拝しているのだが、この塚の状態をみて、胸がふたがれた。
ほとんどが埋められているのである。
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私が住んでいる近隣市域では、いまでもその地域の人たちによって一つずつ大切に守られている。
98基もの庚申塔を集めたとは、どういうことがあったのだろうか?
いままで各地の庚申塔を見て歩いてきたが、ここの状態は私の理解を超えている。

気をとりなおして、無事な庚申塔をあらためつつ、頂上に上がった。
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頂上には、猿田彦大神の石碑が建っていた。
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下に降りて、グルッと周囲を廻ってみたら、きれいな庚申塔が一基立っていて、ホッとした。
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これで、この日三社目の参拝を終えた。
日陰で小休止してから、次の熊野神社に向かった。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

100体近くの庚申塔が集められていて、小山になっているのですか! ううん、埼玉県の小川町には百庚申が2ヶ所にありますが、折角、これだけ集めているのであれば、境内に並べて、百庚申を名乗れば、観光価値があるのではと思いますので、もったいないですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
そうですよね。
そうすれば、先祖の皆さんの信仰を
大事にすることにもなりますし。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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