東村山ふるさと歴史館
20201031
所在地:埼玉県東村山市諏訪町1-6-3
訪問日:2020年9月25日
ここには、所属する歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で参加しました。
この日のコースは、東村山駅⇒東村山ふるさと歴史館⇒徳蔵寺・徳蔵寺板碑保存館⇒正福寺千体地蔵堂⇒大善院⇒東村山駅前「志村けんの木」でした。
駅から歩いて10分ほど。当日は雨が降っていて、到着したら建物の中に駆け込んだので、建物を撮るのを失念。
歴史館のサイトから建物外観の写真を拝借。

館内に入るとロビーには、下宅部遺跡から出土し、国重要文化財に指定されたばかりの「作りかけの丸木舟」が置かれている。
縄文時代後期の水場遺構から発掘されたもの。

この近くには、こんな大きな丸木舟が活躍するような大きな川は無いので、大きな川沿いに住んでいる部族から注文を受けた交易品かも知れない。
中庭には、土器の出土状態が再現されています。


学芸員の方の説明を聞きながら、常設展示室を見学。
原始のコーナー
縄文時代の一年の生活、埋葬の様子、塩の道、縄文のよそおい、狩り等


古代
奈良・平安時代の遺跡、東山道、水田、武士団の登場、村山党、武蔵国七党系図など


中世
鎌倉街道、日蓮上人註画賛、中世の人々の足跡、久米川に布陣した武将たち等

貞和の板碑
貞和5年(1349) 正福寺所蔵
東京都内で最大の板碑。一時橋として使われたなどの経歴を持つ。

陳列風景

瓦塔
奈良時代(8世紀)
埼玉県南比企郡の窯で焼かれたもの。
比企丘陵には、おびただしい窯跡が残っている。主として国分寺瓦を焼いていた。


とても精緻に作られている。


近世
江戸への道、江戸時代の村、新田開発、江戸への生産物の流れなど

大名の鷹場

千体小地蔵尊像
江戸時代中期(18世紀) 正福寺地蔵堂

天明の飢饉、武州一揆、萩山農兵訓練場

民衆の信仰

以上で、この歴史館の見学を終えました。
私は、この日足を痛めていた為、これで皆さんと分かれて一人寂しく帰宅。
その後の様子は、参加者の方がメールで次のように教えてくださいました。
*******
ふるさと歴史館から10分ほど歩くと、校倉づくりの建物が目に入ってきます。
「徳蔵寺板碑保存館」です。徳蔵寺の本堂は葬儀の準備をしていたので
スルーしました。
入館料200円を払い、保存館で30分の見学。
1階は土器・石器・古銭などの展示
2階は壁一面に緑泥片岩の板碑が張り巡らされていて見事です。
元弘の板碑はふるさと記念館のレプリカのほうが文字がはっきり読めて良かったように思いました。宝篋印塔・五輪塔も数多く展示してありました。
細かい雨の降るなか、住宅街をぬけて正福寺へ20分ほど歩きました。
正福寺の千体地蔵堂は、都内唯一の国宝建造物で鎌倉の円覚寺舎利殿に似ているという事です。柿葺きの屋根の美しさに圧倒されました。
残念なことに、中は覗くことも出来ませんでした。
15分位の見学で小雨の中、駅に向かいました。
大善院はパスしようかと言っていたのですが、やはり行く事にしました。
溶岩で出来た築山が3か所あり、36童子が築山に点在していて変わった雰囲気のお不動さまでした。
東村山駅の東口にある「志村けんの木」を観て、食事どころに12時45分頃着きました。
海鮮定食を食べてゆっくりしました。
小雨の中を歩いたので少々疲れましたが、皆様無事に見学を終え帰路につきました。
*******
(了)
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訪問日:2020年9月25日
ここには、所属する歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で参加しました。
この日のコースは、東村山駅⇒東村山ふるさと歴史館⇒徳蔵寺・徳蔵寺板碑保存館⇒正福寺千体地蔵堂⇒大善院⇒東村山駅前「志村けんの木」でした。
駅から歩いて10分ほど。当日は雨が降っていて、到着したら建物の中に駆け込んだので、建物を撮るのを失念。
歴史館のサイトから建物外観の写真を拝借。

館内に入るとロビーには、下宅部遺跡から出土し、国重要文化財に指定されたばかりの「作りかけの丸木舟」が置かれている。
縄文時代後期の水場遺構から発掘されたもの。

この近くには、こんな大きな丸木舟が活躍するような大きな川は無いので、大きな川沿いに住んでいる部族から注文を受けた交易品かも知れない。
中庭には、土器の出土状態が再現されています。


学芸員の方の説明を聞きながら、常設展示室を見学。
原始のコーナー
縄文時代の一年の生活、埋葬の様子、塩の道、縄文のよそおい、狩り等


古代
奈良・平安時代の遺跡、東山道、水田、武士団の登場、村山党、武蔵国七党系図など


中世
鎌倉街道、日蓮上人註画賛、中世の人々の足跡、久米川に布陣した武将たち等

貞和の板碑
貞和5年(1349) 正福寺所蔵
東京都内で最大の板碑。一時橋として使われたなどの経歴を持つ。

陳列風景

瓦塔
奈良時代(8世紀)
埼玉県南比企郡の窯で焼かれたもの。
比企丘陵には、おびただしい窯跡が残っている。主として国分寺瓦を焼いていた。


とても精緻に作られている。


近世
江戸への道、江戸時代の村、新田開発、江戸への生産物の流れなど

大名の鷹場

千体小地蔵尊像
江戸時代中期(18世紀) 正福寺地蔵堂

天明の飢饉、武州一揆、萩山農兵訓練場

民衆の信仰

以上で、この歴史館の見学を終えました。
私は、この日足を痛めていた為、これで皆さんと分かれて一人寂しく帰宅。
その後の様子は、参加者の方がメールで次のように教えてくださいました。
*******
ふるさと歴史館から10分ほど歩くと、校倉づくりの建物が目に入ってきます。
「徳蔵寺板碑保存館」です。徳蔵寺の本堂は葬儀の準備をしていたので
スルーしました。
入館料200円を払い、保存館で30分の見学。
1階は土器・石器・古銭などの展示
2階は壁一面に緑泥片岩の板碑が張り巡らされていて見事です。
元弘の板碑はふるさと記念館のレプリカのほうが文字がはっきり読めて良かったように思いました。宝篋印塔・五輪塔も数多く展示してありました。
細かい雨の降るなか、住宅街をぬけて正福寺へ20分ほど歩きました。
正福寺の千体地蔵堂は、都内唯一の国宝建造物で鎌倉の円覚寺舎利殿に似ているという事です。柿葺きの屋根の美しさに圧倒されました。
残念なことに、中は覗くことも出来ませんでした。
15分位の見学で小雨の中、駅に向かいました。
大善院はパスしようかと言っていたのですが、やはり行く事にしました。
溶岩で出来た築山が3か所あり、36童子が築山に点在していて変わった雰囲気のお不動さまでした。
東村山駅の東口にある「志村けんの木」を観て、食事どころに12時45分頃着きました。
海鮮定食を食べてゆっくりしました。
小雨の中を歩いたので少々疲れましたが、皆様無事に見学を終え帰路につきました。
*******
(了)
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コメント
No title
四季歩さん、こんにちは
おお、雨の中、足が痛いのに行かれたのですね。こう言う場合、個人だと、本日は止めるかと言うことになりますが、団体で博物館等の見学の場合、向こうの学芸員の都合もあるので、加えて、個人だと学芸員の説明を受けるのは難しいでしょうから、仕方がないですね。
それにしても、この郷土資料館の板碑、2mはある感じですね!
おお、雨の中、足が痛いのに行かれたのですね。こう言う場合、個人だと、本日は止めるかと言うことになりますが、団体で博物館等の見学の場合、向こうの学芸員の都合もあるので、加えて、個人だと学芸員の説明を受けるのは難しいでしょうから、仕方がないですね。
それにしても、この郷土資料館の板碑、2mはある感じですね!
matsumoさん
コメントありがとうございます。
この板碑は、都内で最大のものですから、見ごたえがあります。
板碑に関心がおありなら、近くにある徳蔵寺板碑保存館も
見ごたえがありますよ。
この板碑は、都内で最大のものですから、見ごたえがあります。
板碑に関心がおありなら、近くにある徳蔵寺板碑保存館も
見ごたえがありますよ。