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「里見八犬伝を読み込む」を始めます

20210122

コロナ禍の緊急事態宣言下、家の近く1時間のウォーキング以外外出を自粛している毎日なので、この際何かを始めようかと、思いついたのが『南総里見八犬伝』の読了である。
ちょっと前から『南総里見八犬伝』を読み始めていたのだが、他のことにまぎれてなかなか進んでいなかった。
ます驚いたのが、舞台がせいぜい房総半島くらいに思っていたのだが、とてつもなく広い。いままで読んだなかで一番遠いのは美濃国樽井(岐阜県垂井、関ヶ原の隣の駅)。
そうなると私の悪い癖だが、登場人物の相関関係図を作ったり、舞台の一覧図を作ったりしながら読んでいるので、なかなか進まない(汗)
それで、ブログにアップしながら、ホームページに関係表に整理していこうと思い、始めることにしました。

私は、千葉県にある大学生だったので、房総には愛着が今でもあります。
大学の3年のときに知り合ったカミさんは市川市の国府台にある女子大の学生だった。何度かデートした国府台にある「里見公園」は、当時は里見八犬伝の舞台なのかなと勝手に思っていたが、それは的外れだった(笑)
国府台で里見氏が戦った相手というのは、下総に進出しようとした後北条氏との戦いで、あくまで『南総里見八犬伝』は架空の物語である。

里見公園:
下総台地の西端、江戸川に面した台地上にあり、このあたりは国府台と呼ばれ、ここに下総国府が置かれ、下総国の政治や文化の中心であった。
 その後、室町時代天文7(1538)年10月、足利義明は里見義堯等を率いて国府台に陣をとり北条氏綱軍と戦いました。しかし北条軍が勝利をおさめ義明は戦死し、房総軍は敗退しました。続いて永禄7(1564)年正月、里見義堯の子義弘は再度国府台城で北条軍と対戦しましたが、この合戦も北条軍の大勝で終わり、以降この土地は北条氏の支配するところとなりました。
 江戸時代に徳川家康が関東を治めると国府台城は江戸俯瞰の地であることから廃城となりました。明治から終戦まで国府台は兵舎の立ち並ぶ軍隊の街として栄えました。

『南総里見八犬伝』:
室町時代後期を舞台に、安房里見家の姫・伏姫と神犬八房の因縁によって結ばれた八人の若者(八犬士)を主人公とする長編伝奇小説である。共通して「犬」の字を含む名字を持つ八犬士は、それぞれに仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある数珠の玉(仁義八行の玉)を持ち、牡丹の形の痣が身体のどこかにある。関八州の各地で生まれた彼らは、それぞれに辛酸を嘗めながら、因縁に導かれて互いを知り、里見家の下に結集して活躍する。

作者:曲亭馬琴(滝沢馬琴)
文化11年(1814年)に刊行が開始され、28年をかけて天保13年(1842年)に完結した、全98巻、106冊の大作である。
馬琴はこの物語の完成に、48歳から75歳に至るまでの後半生を費やした。その途中失明という困難に遭遇しながらも、息子宗伯の妻であるお路の口述筆記により最終話まで完成させることができた。

私は、所属する歴史クラブの行事で、滝沢馬琴誕生の地と墓は訪ねています。

深川の清澄通りを行き、「海辺橋」で仙台堀川を渡ったところに「滝沢馬琴誕生の地」があります。
210122bakin (1)


そこにある『南総里見八犬伝』の碑
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小石川・深光寺にある滝沢馬琴の墓
近くには、お路の墓もあった。
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次回から『南総里見八犬伝』をアップしていきます。


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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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