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里見八犬伝を読み込む/第一集・巻の三・第六回

20210216

第六回: 倉廩(そうりん)を開きて義実二郡を賑わす 君命を奉りて孝吉三賊を誅す

時:室町時代 嘉吉元年(1441)の4月
登場人物: 里見義実、堀内貞行、金碗孝吉、妻立戸五郎、岩熊鈍平、玉梓
舞台:P03滝田城
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【要略】
・滝田城が落ちたので入城し、定包が貯えた財宝は、義実が百姓たちに分け与えた。
・降人たちの取り調べで、金碗孝吉は、戸五郎と鈍平は以前から悪行を働いていたと首をはねる。
・玉梓が引き出される。妖艶な様子に皆心奪われる。その巧みな口舌に里見義実でさえ、許したらどうかと言う。
・金碗孝吉は以前から知っていたので化かされず、義実を諭して討つことに決める。
・玉梓は怒り、「この恨みは子々孫々の末まで畜生道に追い落とし、この世からなる煩悩の犬として仇を報じる」とわめいて、処刑される。

山下定包と玉梓
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【ものがたりのあらまし】
 滝田の城が陥ちたので、里見義美の軍兵は、隊伍堂々と入城した。そこでまず、定包の首実検があって、それから城内の巡視をおこなうと、定包が豪奢を極めた城内は壮観無比、玉を敷き、黄金を延べたといっても過言ではない。また蔵の中には米穀財宝が一杯詰まっていた。しかし義実は一指も染めず、皆これは定包が民のものを奪ったのだから、全部のこらず百姓たちに分けあたえると宣言した。
 次の日、正庁(まんどころ)で降人たちの取調べを行った。この係りには金碗八郎がすわった。首脳の鈍平と戸五郎であるが、昔この城にいた金碗は、二人の性質はよく知っていて、定包の悪事を助け、いっそう民を苦しめる種をつくった元凶は二人だということは明白と断定し、占領勢の雑兵に縛りあげさせ、時を移さず二人の首をはねてしまった。
 孝吉の命令で、こんどは玉梓がつれ出された。玉梓の姿が現われただけで刑場の風景はがらりと一変してしまった。玉梓は聞きしにまさる天与の美人であった。濃艶というより凄艶とでもいうのであろう、伏目がちの姿は可憐でさえもあった。
「玉梓、そちは前国主の側女であったころから寵に誇って主君を手玉にとり、政道にさえ口ばしを入れ、忠臣はことごとく退け、あまつさえ定包と密通し、その陰謀悪逆に油をそそぎ、みずからは栄耀栄華に日をくらして豪も省りみるところがなかった。こうして引き出されたのは、天罪国罪の報いと思い知ったであろうな」
 玉梓は頭を上げて、悪びれもせずおもむろに答えた。
「おっしゃることは私にはよくわかりませぬ。女は弱いものにて、三界に家なしとさえ申します。私は先君の正室ではございませんし、主君亡きあと定包どのに想われましたのも、弱い女の誰とても落ちる宿命にほかなりませぬ。私のみひとり責めるは、お恨みにございます」
「その侫弁、さすがは城を傾けるだけのことはある、さてさて恐ろしい女だ。だが汝の好悪は十目のみるところ、十指のゆびさすところ、いちいち実状を示すことができるのだ。また、わしのことを引き合いに出したが、この孝吉は城を愛し故君の仇を報じたければこそ、灰を飲み、うるしを塗り、苦心惨憺のすえに今日ここに定包を討つことができたのだ。口前(くちさき)だけで事実を曲げ、人をたぶらかす手は、もはや通用いたさぬぞ」
 鋭くきめつけると玉梓は、なんと思ったか急に調子を変えてしおらしく言った。
「はい、おっしゃるとおり、ほんに私は罪深い女でございましょう。けれど里見の殿さまは聞きますところ仁君にてあらせられるそうです。よし私に罪がありましょうとも、なんの女風情、ものの数ではありますまい。どうかおゆるしくだされて、故郷へ帰ることができましたなら、こんなしあわせはありませぬ。金碗どの、そなたとは、昔はともに神余家につかえた間柄、どうかよしなに取りなしてくださいましな、ね」
と流し目ににっこりと笑って見せた。これが海棠の雨にぬれた風情というのであろう、においこぼれるばかりつやつやしい黒髪は、肩にかかって春の柳にも似て、美女の魅力があたり一面にあふれたから、満場はただ一瞬あっとかたずをのむばかりの思いだった。
 義実は孝吉を招き、玉梓の罪は軽くないと思うが、死をゆるしてやったらどうかとささやき告げた。
孝吉は居住まいを直して御前にかしこまり、それはいけません、定包に次ぐ罪人の玉梓を、も                                  しここで許したならば城下の目はなんと見るか、里見ほどの人でも色香には迷いやすいと見え、玉梓をついに放ったと、噂は噂を生むに至りましょう。およそ美女といえば、担妃(だっき)は朝歌に殺され、大真は馬塊に縊(くび)られたが、玉梓にくらベたら、けっしてまだまだ悪人ではなかった。この際、情を殺し御決断をこそ望みますと諌止した。
「わかった。なるほど余の誤りであった。しからばそちに任せる、引き出して討て」
 この一言を聞いたとたん、玉梓の眉根はきりりとあがり、花の顔はみるみる朱を注いだようになり、上座の主従をはったとにらみつけた。
「金碗八郎、それでよいと思うか。ゆるすという主命を、おのれ一存にてこばみ、わらわを切ろうとする。この恨み死すとも晴らさでおくものか、遠からず汝も刃の錆にしてくれようぞ。また、そちらの義実も言いがいのない愚将だ。いったん許すと口に出して言っておきながら、その舌で言葉をひるがえすとは、人の命をもてあそぷも同然。殺さば殺せ、子々孫々の未まで畜生道に追いおとし、この世からなる煩悩の犬として仇を報ずるからそう思うがいい」
「こやつ、引き立てい」と八郎孝吉は高座からさけんだ。
 雑兵四、五人、ついと立ち上がって玉梓を刑場へ引きずって行き、なおもののしり狂い悪口毒舌をふり絞ってもがきさわぐのを、有無をいわせず左右から押しすえて、ばっさり首をはねてしまった。
 悪の栄えるためしはない、滝田城横暴の元凶であった走包、玉梓の男女はこれで滅びてしまった。とはいえ、この玉梓の怨念は長く里見家の上に祟ることになったのは史上で明らかなとおりである。結果において同家にとって、それは禍か福かは俄かに判断はできないが、とにかく読む人はこの毒婦の最後の恨み言を記憶に留めておいてもらいたいのである。

【注釈】
三界に家なし:「三界」は仏語で、欲界・色界・無色界、すなわち全世界のこと。女は幼少のときは親に、嫁に行ってからは夫に、老いては子供に従うものだから、広い世界のどこにも身を落ち着ける場所がない。
侫弁:へつらって口先巧みな言葉
城を傾ける:城を危くするということである。中国でも古くはその意味に用いられていたが、李白が「名花傾国両つながら相歓ぶ」と詩に詠んだあたりから、美人の意味に傾国・傾城が用いられるようになった。
十目のみるところ、十指の指差すところ:『礼記‐大学』の「十目所レ視、十手所レ指、其厳乎」から、10人が10人みなそう認めるところ。多くの人の判断や意見が一致すること。
海棠(かいどう)の雨にぬれた風情:唐の玄宗皇帝が、楊貴妃の酔ったなまめかしい姿をたとえた、「海棠眠り未だ足らず」と詠った言葉も残り、美人のうちしおれた姿がなまめかしいことの様子をいう。
担妃(だっき)は朝歌に殺され、大真は馬塊に縊(くび)られた
妲己は、殷王朝末期(紀元前11世紀ごろ)の帝辛(紂王)の妃。帝辛に寵愛され、悪女の代名詞的存在として扱われる。明の時代の神怪小説『封神演義』では、九尾狐が担妃に化けて紂王を堕落させて殷を滅ぼしたが、朝歌(中国古代における衛の首都)に迫る西岐軍に襲われ、姜子牙に斬首された。
大真は正確には太真、楊貴妃のことであり、玄宗が蜀へと敗走する途中、馬嵬にて護衛の兵たちが反乱を起こし、兵たちは楊貴妃を殺害することを要求し、高力士たちによって楊貴妃は絞殺された。


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