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建比良鳥命(たけひらとりのみこと)・大背飯三熊之大人(おおそびのみくまのうし)・武三熊之大人(たけみくまのうし)・武日照命(たけひなてるのみこと)・天夷鳥命(あめのひなどりのみこと)・天日照命(あめのひなでりのみこと)/日本の神々の話

20210217

埼玉県久喜市の鷲宮神社、東京都あきる野市の式内社・阿伎留神社の祭神である。

鷲宮神社の由緒書では、出雲族の草創に係る関東最古の大社であるとし、由緒は神代の昔に、天穂日宮とその御子武夷鳥宮とが、昌彦・昌武父子外二十七人の部族等を率いて神崎神社(大己貴命)を建てて奉祀したのに始まり、次に天穂日宮の御霊徳を崇め、別宮を建てて奉祀した。この別宮が現在の本殿であるとしている。

阿伎留神社の説明では、初代神主の土師連男塩が氏神を祭ったのが当社の起こりとしているので、土師という姓から、出雲族であることは明白で、出雲系の神社である。

『古事記』では建比良鳥命、『日本書紀』では大背飯三熊之大人(おおそびのみくまのうし)・武三熊之大人(たけみくまのうし)・武日照命(たけひなてるのみこと)・武夷鳥命 ・天夷鳥命(あめのひなどりのみこと)と表記され、天日照命(あめのひなでりのみこと)とも称される。これらの異名・異称の同定は出雲国造家として出雲神社の祭祀を受け継いだ千家家が伝える系譜書『出雲国造伝統略』に拠っている。

建比良鳥命の「建」は「勇猛な」、「比良」は、「縁(へり)」と同源であり、物の端・隣との境界の意と解し、名義は「勇猛な、異郷への境界を飛ぶ鳥」と考えられる。「黄泉比良坂」の「比良」も、黄泉国と現し国との境界を指し、「山城の幣羅坂」の「幣羅」も村の境界、奥津甲斐弁羅神の「弁羅」も海と陸地の境界である。また鳥取神や鳥鳴海神、布忍富鳥鳴海神同様、島が人間の霊魂を異郷に運ぶという信仰に基づき、名義の「異郷への境界」は出雲国との境界と考えられる。

また別名の天夷鳥命の名義は「高天原から 夷(鄙・ひな=出雲国)へ飛び下った鳥」の意であるから、建比良鳥命と同一の神格と考えられる。

神話での記述
『古事記』では天照大御神と須佐之男命の誓約の段で、
(前略)
速須佐之男命が天照大御神の右の角髪(みずら)に巻いておられる玉の緒を受け取って、これを噛みに噛んで砕き、吐き出す息の霧から成り出でた神の名はアメノホヒノ命である。
(途中略)
アメノホヒノ命の子のタケヒラトリノ命、これは出雲国造・武蔵国造・上菟上国造・下菟上国造・伊自牟国造・対馬県直・遠江国造等の祖神である。
とある。

『日本書紀』では、葦原中国の平定の段で大背飯三熊之大人(武三熊之大人ともいう)が父の天穂日命に次いで葦原中国に派遣されたが、父と同様に何も報告して来なかったと記されている。また、崇神天皇60年7月、天皇が「武日照命(武夷鳥命とも天夷鳥命ともいう)が天から持って来た神宝が出雲大社に納められているから、それを見たい」と言って献上させ、その結果出雲氏に内紛が起き、当時の当主の出雲振根が誅殺されたとも記されている。

『出雲国造神賀詞』には、「天夷鳥命に布都怒志命を副へて天降し」という一節がある。
神名の「ヒラトリ」「ヒナドリ」「ヒナテル」は「鄙照(ひなてる)」の意で、天降って辺鄙な地を平定した神の意という説がある。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

今、井沢元彦著「逆説の日本史(1)古代黎明編」を読んでいるのですが、出雲大社の神官「出雲国造家」がアマテラスから数代後にできて、現在、第82代と言うのには驚きました。1代20年として、1600年前まで遡れるのですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
出雲国造が代替り新任時に天皇に奏上する出雲国造神賀詞が
あって、出雲国は神代の昔から、朝廷に服従しています
と誓うのですね。
ヤマト王権から出雲を見張るため派遣されたのは間違い
ないです。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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