小岩井農場(1)/宮沢賢治ゆかり

20100429

今日から5日までゴールデンウィーク。
今日は一日新しいPCのセッティングでした。
最大のトラブルは、インターネットに繋げられなかったこと。
5年前から光通信を利用していますが、その通信の設定CDがウインドウズ7で受け付けてくれなかった。
あわてて、昨日の朝NTTに電話して速達でCDを送ってもらいました。
それが今日のお昼に届き、めでたくネットも開通です。

24日に行った小岩井農場について、2回に分けてアップします。

盛岡駅からバスで40分ほどでした。
小岩井農場は、岩手山南麓に約3,000ヘクタール(900万坪)の広大な敷地面積を誇り、1890年(明治23年)11月1日に日本鉄道が東北本線を盛岡駅まで延伸開業した翌年の1891年(明治24年)、日本鉄道会社副社長の小野義眞(おのぎしん)、三菱社社長の岩崎彌之助、鉄道庁長官の井上勝の三名が共同創始者となり、三名の姓の頭文字を採り「小岩井」農場と名付けられました。

宮沢賢治は農場とその周辺の景観を愛好し、しばしば散策しました。中でも1922年(大正11年)5月の散策は、詩集『春と修羅』に収録された長詩「小岩井農場」のもとになりました。
591行という最長の作品で、賢治の思想がよく現れています。季節の循環を踏まえ、万物の生命が明滅するなかで、小岩井農場の姿がつぎつぎと更新していくさまに力を得、賢治が「あたらしくまつすぐに起きて」と自らをはげます契機となりました。

詩は小岩井駅に降り立つところからはじまります。私が乗ったバスも小岩井駅を経由していきましたが、詩でも5里(20Km)とかかれているとおり、かなり距離がありました。昔の人は歩くのが当たり前だったとはいえ、賢治はすごくよく歩いたんだと思う。

バスを「まき場園」で降り、ちょっと中を眺めてから、まずは賢治の詩碑に向かいました。
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「本部の気取った建物」と賢治が呼んだ小岩井農場本部事務所です。
1903(明治36)年の建築で、現在は国登録有形文化財ですが、現在資料館になっていました。
真ん中の白い建物です。
後ろに見えるのが、レンガ造りのサイロで日本で最初に作られたサイロ。
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牛があちこちにのんびりとしていました。
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それから、ちょっと歩くと賢治の詩碑があります。
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すみやかなすみやかな万法流転のなかに
小岩井のきれいな野はらや牧場の標本が
いかにも確かに継起するといふことが
どんなに新鮮な奇蹟だらう


この四行の碑文は、心象スケッチ「春と修羅」のなかの詩「小岩井農場」(パート1)から撰んだものです。
なお碑文に添えられた宮沢賢治の署名は、親友である森佐一(森荘己池)宛手紙の封筒に書かれていた賢治の直筆です
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