曹操の墓が見つかった(1)

20100617

100617sangoku.jpg

北方謙三の「三国志」が大好きで、何度か読み返している。
同じく「水滸伝」も好きでこちらも読み返しているから、北方謙三が好きというほうが正確か。
このあいだBSジャパンで、「曹操の墓が見つかった」という番組を見て飛び上がった。

曹操が私は大好きだ。
学生の頃に吉川英治の三国志を読んで、そのときに劉備玄徳は勿論だが、曹操に心惹かれた。
彼には華がある。
だから、若い時の自分が惹かれたのだろうと思っていた。
が、今も読んでいて、やはり曹操が一番気になる。
曹操が始めて登場するのは、29歳。近衛騎兵隊長で黄巾の乱の制圧の戦いに、五千の兵を率いて参加する場面である。
この時に、百名の兵を率いて義勇兵として参加、見事な戦いをした劉備玄徳と出会う。
霊帝が崩御して、後継者争いから乱世に突入していく時、曹操は、西園八校尉の一人、つまり中央軍の八人の将軍の一人だった。
宮中の血で血を洗う勢力争いの、混乱の中で綾をなしたのは、三人。
曹操と、袁紹と、董卓。
曹操は宦官の家系であり、これが彼の心に影を落としている。よく学問をし、間者を使って情勢を把握し、大望を抱いている。
袁紹は名門中の名門出身で、やはり西園八校尉の一人。曹操とは幼馴染だが、曹操が宦官の家系なので軽んじている風がある。
董卓は辺境の将軍からのし上がってきた、己の欲望だけの人物。
宮中の血の海の混乱の中で、曹操は必死に幼い帝を探すが、幼い帝を確保して実権を握ってしまったのは、董卓。
袁紹が失望して、洛陽を出ていった後、曹操は董卓に一緒に手を組むことを誘われる。
曹操は、ここで冷静に判断する。
軍部のトップに立てると言っても、所詮借り物の軍隊。董卓のような卑しい人間と、いずれ袂を分かつときに自分の軍でなければ、どうしようもないと。
しかし、ここで董卓の誘いを断れば、自分は殺されるだろう。
その晩に、即座に単騎で洛陽を脱出する。
この脱出が、曹操の間者が牛を六、七百頭暴走させて、それに紛れて脱出するという派手なもの。
そして、賞金をかけられた身で、馬が潰れれば、歩き、また間者が用意した馬を乗り継いで、家族が暮らしている場所まで、八百里を駆ける。
途中で、見張りの兵と出くわした時は、堂々と名乗り、威厳で、道を開けさせ、無事に落ち延びる。

曹操が全国に発した、打倒董卓の檄文で30万の兵が集まる。
主力は、袁紹・袁術の兄弟、孫堅、公孫賛。公孫賛の陣中に劉備玄徳がいる。
その18名の諸侯の会議で、途中まで曹操が仕切り、同盟軍の盟主として、袁紹を推薦する。
袁紹は、いちおう遠慮してみせるが、当然のような顔で受ける。
そして、董卓の軍と虎牢関で戦う。
董卓陣には、赤兎馬に乗る呂布がおり、この軍隊が強く攻めあぐむ。
この呂布に劉備玄徳の部下の関羽と張飛があたり、曹操と劉備玄徳が組んで互角の戦いをするが、虎牢関で両軍がにらみ合いをしている間になんと、董卓が守りにくい洛陽を捨て、帝を連れて長安に移ってしまう。
それを知った同盟軍の本陣で曹操は強硬に追撃を主張する。
袁紹は、力なくうなだれているばかりだ。
曹操は、自分の兵五千だけを率いて追撃する。そして、待ち構えていた呂布に敗れる。
曹操の馬は倒れ、歩いて落ち延びる。部下が馬をくれる。
逃げる。敵と遭遇し戦う。馬がつぶれ、河を一人で泳いで渡り、九死に一生を得る。 敗残の兵をまとめ、本陣に戻る。
「曹操殿、よく戻られた」
馬を降りた曹操に、袁紹が声をかけた。
「洛陽を焼かれたら負けだ、と袁紹殿は言われた、だからこの戦は負けだ」
しんとした、曹操の声は遠くまで通っているようだ。
「私も負けた、完膚なきまでに負けた。しかし私は戦って負けた。 そして諸君は、闘わずして負けたのだ。私は闘わずして負けた諸君に、決別を告げる」
袁紹の顔が歪んでいる。ほかの諸侯も、ただうつむいていた。

この戦で、曹操は負けはしたが、希代の勇将として名をなす。無形の、財産を手に入れたのだ。
帝を握って、権勢を振るう董卓。
名門の名だけで、兵が集まっている袁紹。
己の才覚だけで、力を蓄えていく、劉備玄徳と曹操。
私が曹操に惹かれるのは、強い意志と行動力。真っ直ぐな、いさぎよさが、ある。

映画「レッドクリフ」では曹操は悪役として描かれているが、「北方三国志」では劉備、孫権、そして曹操が対等に英雄として描かれている。

曹操が私は大好きだ。
この男の事を考えるとき、「運」ということを考える。
才能のある人間は、いくらでもいる。豪傑もしかり。
しかし、そういう人間がすべて英雄になれる訳ではない。
死地で運を掴み取った者が英雄となる。死んでしまっては、おしまいなのだ。
曹操は、そういう死地に敢えて自分から踏み込んでいき、運を切り開いていく。
何度も九死に一生の場面に陥る。
そして、生き延びて、大きくなっていく。

最初は、幼帝を擁した卓に近衛軍の将軍に誘われた時、組むに値しない人物として、単騎で洛陽城を脱出して郷里まで落ち延びる。

第二
曹操の檄で集まった連合軍と卓が虎牢関で戦い、戦線が膠着したとき、卓が洛陽を捨て、都を移してしまう。
曹操は追撃を主張するが、諸侯は動かず、曹操軍だけで追撃。殿軍の呂布の待ち伏せにより、壊滅的に破れ、曹操は単騎となって川を泳ぎ、難を逃れ、九死に一生を得る。
本営に戻った曹操はこう言う、「私は闘って負けた。私は闘わずして負けた諸君に訣別を告げる」。
そして、曹操ここにありと知らしめる。

第三
黄布賊百万の軍を、三万の兵で破り、青洲を手にした曹操は父の弔い合戦を陶謙としている最中、重臣陳宮が裏切り、呂布を担いだため、呂布と闘うことになる。
呂布の騎馬隊に翻弄され、城に逃げ込むが、先回りした呂布の騎馬隊が待っているなかに飛び込む。
火の中に馬で突っ込み、呂布の追撃をかわし、九死に一生を得る。

第四
水に滞陣していた時、袁紹側から降伏してきた張繍が差し出してきた、雛氏という女に溺れていたとき、寝所で張繍軍に襲われる。
数騎で逃げていくなかで、自分と馬が矢を受け倒れる、長男の馬を借り、川を渡り九死に一生を得るが、典偉という護身役と、長男を失う。

第五
そして赤壁の戦いである。
大敗した曹操は、わずか数騎で落ちていく。それに気づいた張飛と超雲子竜の軍が追いかける。その差数キロ。
曹操から「虎痴」と呼ばれ愛された護衛の許猪が偉かった。馬が潰れてしまえば万事休す。馬をだましだまし、時には泥濘のなかを歩いて、また馬に乗って、実にしんぼう強く逃げる。
追う張飛たちも同様だ。
しかしついに、お互いに姿が見えるほど近づいたときに、かろうじて曹操は出迎えてきた味方の軍に逃げ込む。

曹操は、こうして死ぬか生きるかの境目で生き延び、こうした経験から、大きな人間に育っていく。

赤壁の戦いで破れ、ついに天下統一は成し得ず、三国膠着のなかで曹操は病に倒れるわけだが、その墓がやっと見つかったという。

どんな墓だったのかは、次回報告。
スポンサーサイト

コメント

No title

こんばんは

曹操の墓が見つかったニュースは確か新聞で私も知りました。
曹操は全ての面で優れていた為か、日本ではさほど人気ありませんが、中国ではどうなのでしょうね?
私は、三国志の中で好きな武将は誰と問われれば、関羽ですね^^
何処までも義理を大切にして、弱きを助け、強きを挫く的なところが大好きです。関羽が死んでしまうところでは、昔、泣いてしまいました。

No title

こんにちは。

四季歩さんに教えられた読み始めた「水滸伝」。
まずは第1巻、面白かったです。そのうち第2巻にはいります。

水滸伝がよかった分、北方三国志が面白いだろうなと思わせます。
読みたいなと思いつつ、その前に水滸伝。

いつになったら北方三国志が読めるのでしょうか。

コメントありがとうございます

kurt2さん
(2)で書いたように、いまでも中国の曹操ゆかりの地
では人気が高いようです。

関羽は、私も好きです。
なにしろ神様になっちゃった人ですからね。
関羽が一時義理で曹操の家来をしてたときの話も
好きですね。
関羽を殺さないで、そのまま劉備のもとに返した
曹操もすごいですよね。

よんちゃんさん
水滸伝、気に入ったようで嬉しいです。
19巻ありますからね。
まだまだ当分は、かかりますね。

そのあと、よかったら三国志もどうぞ。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop