指揮者の仕事/朝比奈隆

20110127

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目次:
1. 朝比奈隆の音楽ばなし(音楽の楽しみ方、楽しませ方、指揮者の仕事 ほか)
2. 私の歩んだ九十三年(私の歩み、N響の歩み、大阪フィルとの半世紀、ブルックナーの世界、『第九』を語る、芸は七十から・対談 桂米朝・朝比奈隆、吹き流されるような半世紀)..

タイトルは『指揮者の仕事』となっているが、内容は「指揮者っていったいどういう仕事をするのだろう?」という疑問に答える文章はほとんどない。
本書は朝比奈隆氏へのインタビューや対談から構成されており、極めてスラスラと軽く読めていく。
しかし朝比奈氏の音楽に対する考え方や決意が伝わってくる好著だと思った。


「一期一会」という言葉があるが、フルトヴェングラーからホテルのロビーでの立ち話で一言言われたことを、朝比奈隆が以降大事にしていたことを知ると、またまた朝比奈が好きになってしまう。
ちょっと長いが、そのまま紹介しておく。
「 ブルックナーの交響曲の版については、初めは知りませんでした。そんなときに、フランクフルトのホテルでフルトヴェングラー大先生に「ブルックナーをやるのか」と聞かれて「やります」って返事したら、「オリジナル!」 って言われたんです。
 ただ、彼の残したレコードは全部改訂版を使っている。彼の録音は、たいがい若いときか中年あたりのもので、そのころは版なんか構わずにやる人だったんですな。僕が会ったのは亡くなる前の年だったから、それまでにいろいろやって最終的に自分の体験から結論を出されたのだと思います。
 指揮するのは(九番)でしたが、「オリジナル!」という言葉にびっくりした。それが何のことか分からなかった。で、楽譜屋へ行ってみたら、何種類かあってオリジナル版というのもあるわけです。
 それを見ると全然違う。バロック調なんです。あとの版の楽譜はいっばい飾りが付いていて、線が細い。だって枝葉を増やせば細くなる。あいだに一本、枝が入ると、その分脆弱になる。オルガンを弾いて作ったものだから、そんなに凝ったものができるはずはないんです。
 だから僕のブルックナーは、あの方のおかげじゃないでしょうか。一からやり直しましたから。それならほかの番号の作品も、と考えますよね。
 僕はフルトヴェングラーの弟子でも何でもないのに、たまたまロビーの立ち話で一言言われたのが僕の生涯を決したわけです。いま、ブルックナーの専門家みたいに言っていただいてるのは、あの一言があったから。自分では全部やり尽くしたあとで、日本の若い指揮者がやるというから、それも最もやりにくい(九番)をやるというから、「ほんとかいな」という顔して、一言だけ言ってくれました。当時ブルックナーなんて日本じゃ誰もやっていませんでした。だから、ありがたくて……。」


あとは、読んでいて嬉しいのは、私もCDを持っているが「聖フローリアンの奇跡」についての話だ。
その部分を紹介しておく。
(質問者)そして1960年代も後半を迎えられて、欧州武者修行の最後の仕上げが、昭和50(1975)年の手兵大阪フィルを引き連れてのヨーロッパ演奏旅行ですね。
(朝比奈) これはね、いまの事務局長の小野寺(昭爾)が言い出しっぺなんですよ。彼はアイデアマンというか、怖いもの知らずというか、勇気があるというか……(笑)。
だいいちものすごく金がかかるでしょう。
(小石) われわれも募金運動をやりましたよ。小学生からタクシーの運転手さんから、いろんな人が出してくれて……。
(朝比奈) 市民運動みたいになって、あの時分のお金で二千万円を超える寄付金を頂戴したのですから、ありがたいことでした。子どもが何百円かのお小遣いを新聞社に届けた、なんて聞かされると涙物語でね、こちらも行かざるを得なくなった(笑)。それで、事務局は「とにかくブルックナーのいた寺に行って演奏しましょう」 って言うんですな。
ザンクト・フローリアン (ブルックナーが眠るリンツ・聖フローリアン教会)なんて、あまり演奏会をやらないところですからね。
(小石) 電気も点かないところだと聞きましたよ。
(朝比奈) ええ、演奏するうちにだんだんと暗くなっていく(笑)。途中で鐘は鳴るし、とにかく済んだらみんな「俺の靴はどこだ、どこだ」(笑)。でも、なんとかやったねぇ。
(小石) 私は録音で問いただけですが、名演奏でしたよ。本当に心のこもった音楽でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(質問者)先生がザンクト・フローリアンで(七番) の交響曲を演奏なさった、そのときのお話をお聞かせいただけますか。
(朝比奈) 全体ヨーロッパの演奏会場は、ドライじゃなくて残響が多いんですが、私たちが演奏した場所は寺の広間ですから、やっぱりワンワンいってるわけですよ。天井も床も石ですしね。ブルックナーの音楽というのはああいうところでやるもんだと、つくづく思いました。
 あそこでゲネ・プロ (リハーサル)をやったんですけどね。要するに、前のフレーズのハーモニーと次のフレーズのハーモニーが若干かぶる感じになるわけです。残響時間が六秒ぐらいありますから、完全に一小節くらいかぶる。それから、かなり長い休止があると、その前の音がなくなるのを待つのに相当の時間がいる。そういうことで、ブルックナーはやはりこういう場所で演奏するための、あるいはこういう場所で考えられた音楽だという印象を、私もオーケストラの連中も持ちましたね。いつも指揮者にいろんなことをやかましく言われていたけれど、やっぱりそうか、と納得してくれたと思います。
 それ以後の演奏がよくなったようなことがあったとすれば、何か疑念が晴れたということは大きなことだと思いますね。どんなに長い休止でもじっと待って、それにはあの残響がほしい。ですから、ザンクト・フローリアンのカテドラルでうちのオーケストラは平然としていましたけど、はかのオーケストラはちょっと慌ててましたからね、初めのうち。
(質問者)ザンクト・フローリアンを含めた周囲の風景とか風土というのは……。
(朝比奈) またいい場所でしてね。バスで公道から自動車道路をまわって田舎道へ入り、丘を上がってお寺の屋根が見えるあたりに来たら、ガヤガヤ言っていた若い楽員も静かになりましたからね。メッカ巡礼というか、善光寺参りというか、何かやっぱり敬虔な気持ちになったみたいですね。その前に、みんなでお墓も参拝しましたし。ブルックナーという人がここで生活してた、ここでオルガンを弾き作曲もしていたということは、我々演奏する者にとって、衿を正させるものがあった。オーケストラの連中にも、そのくらいの純粋さは残っていたようです。非常に神妙になりましてね、従ってそういう場合では演奏もよくできるはずです。
 ふつうの会場じゃなく、お寺ですしね、坂を並べて段をつくり、そこに粗末な椅子を置いてやった。修道院の院長さんがいちばん前の、楽団のうしろあたりの壁のところで、一人だけ黒い衣を着て坐っておられる。聴衆も非常にいい聴衆です。結局、修道院の行事みたいな感じですからね、こちらも一応お坊さんにお辞儀してから舞台に出るわけです。日本の武道でいえば、お互いに礼を交わしてから剣を持つというような気持ちを、西洋音楽をやる人間はとかく忘れがちですが、そういう気持ちを持てたのはよかったと思いました。
(質問者)カテドラルの中で残響のお話をなさいましたが、そのほか、演奏について印象に残っていることはありますか。
(朝比奈) たまたま、(七番)の二楽章が終わったら、時間が午後五時だったんです。お寺は当たり前の時刻の鐘を鳴らしたんでしょうが、二つの鐘楼で鐘が鳴っているあいだ、なんとなく待ってなきゃいけないような気がして、待っていたわけですよ。そのあいだ、しーんとしてますわね。鐘の音がしばらく続いて、止まって、そのあいだ風が吹いて、木がゆれているのが見える。そんな印象が強烈に残っていて、いまでもみんなよく覚えているみたいです。
 我々演奏家は、次々にいろんな舞台でいろんな曲を演奏していく。職業ですからそれはそれでいいんですが、ときには道場に入るような、そういう衿を正すような時間を持っことが必要だと思いました。ザンクト・フローリアンで演奏することになったのは、ブルックナーについて我々にそれほど知識や経験があるわけではないし、ただ日本では私と私のオーケストラが比較貯多くやっているというだけのことで、偶然にやってきた話だったんですけれどね。

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コメント

No title

四季歩さん、こんにちわ

フルトベングラーが原典版を勧めた理由は、彼がブルックナー協会の会長だったこともあるのでしょうね。しかしながら、彼がブルックナーの曲を知った時は改訂版だったので、それが身に付いていて、原典版(ハース版)には違和感があったのではないでしょうか。しかしながら、同時代に活躍していたブルーノ・ワルターはハース版の録音(第4・7・9番)を残しています。

なお、朝比奈氏は原典版と言っても、第二次世界大戦前のハース版を使っており、ハースが追い出された後に作られたノヴァーク版は使っていないようですが、これも「慣れ」なのかもしれませんね。

matsumo さん

コメントありがとうございます。

版の問題は難しいですよね。
こういう話を書いてあると、なるほどと
思うのですが、曲を聴いていて、
これはどういう版だなんて、私にはわかりません。
そんなに聴きこんでいないので。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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