北の丸公園

20110208

2月5日の記事続く

国立近代美術館2Fのレストラン「アクア」で食事をして、満ち足りた気分で北の丸公園を散策。
雑木林の中に入っていったが、真冬のことゆえ、目立つのは樹のシルエットばかり(笑)
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池でも、水に映るケヤキのシルエットに目を取られる。
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これはなんという木か知らないが、この力強さはどうだ。
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土曜の昼間だというのに、芝生も閑散としています(笑)
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樹のウロに、芽生えを発見(嬉)
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元気に育ってくれよ
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千鳥ヶ淵のところで、紅梅、白梅を発見
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鶯が3羽くらい囀っていたが、動きがチョコマカ忙しく、レンズに捉えられなかった(苦笑)

千鳥ヶ淵沿いの散歩道は楽しい
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千鳥ヶ淵、首都高、東御苑、高層ビル
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見上げると、緑が気持ちいい
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なんという植物か知らないが、真冬にこんな実をつけて健気だ。
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工芸館の前まで来ると、銅像が目に付いた。
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「北白川宮能久親王」ということですが、この方について全然知らなかったので、家に帰ってから調べました。
実はこの方、幕末に彰義隊が担ぎ出した上野寛永寺の輪王寺宮公現親王なのです。
1858(安政 5)輪王寺宮を相続・門跡となられました。
1868(慶応 4)には将軍慶喜征討の中止を懇願するため、東征大総督となられた有栖川宮(ありすがわのみや)熾仁(たるひと)親王を駿府(すんぷ)に訪ねています。上野戦争では激戦の中、脱出して幕艦長鯨丸に乗って陸奥会津城に入城しました。
1870(明治 3)還俗(げんぞく)、伏見宮に復帰して軍籍に就き、同年直ちにプロシア留学を命ぜられています。1872(明治 5)留学中に北白川宮第二代を相続しています。
1877(明治10)帰国し近衛砲兵連隊に配属。1884(明治17)陸軍少将、歩兵第一旅団長。1892(明治25)陸軍中将、第六・第四師団長を歴任。
日清戦争では開戦後の1895. 1.(明治28)近衛師団長となり、台湾に出征。戦後も台湾守備を命じられ、台南で病没しました。 死後に陸軍大将を追贈されています。また台湾神社に祀(まつ)られました。でも、お墓は公現親王として輪王寺(東京都台東区の両大師)の歴代輪王寺宮墓地(宮内庁管理)です。

この像はかつて近衛歩兵第一・第二連隊正門前にありましたが、現在は東京国立近代美術館工芸館(旧近衛師団司令部)の側に置かれたということですね。


次回は、工芸館についての記事です

(続く)

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コメント

No title

四季歩さん、こんにちわ

なるほど、紅梅・白梅は北の丸公園の千鳥ヶ淵に面した所にあるのですね。この辺りは行ったことがありませんでした。天気が良くなったら行きたいですが、今週は期待できそうもないですね。

matsumoさん

まあ、あるにはあるんですが、
写真でおわかりのように、ちょびっとしか無いので、
あまり行く価値は無いと思います。

あの辺では、やはり東御苑の梅林坂ですよね。
梅ならば。

これからアップしますが、あそこは良かったですね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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