高麗神社の桜

20110412

4月6日に撮ってきた「高麗神社の桜」です。

埼玉県日高市にある高麗神社の主祭神は、かつて朝鮮半島北部に栄えた高句麗からの渡来人高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)です。
斉明天皇・中大兄皇子が百済遺民による百済復興を助けようとして軍を派遣し、唐・新羅連合軍と戦い、白村江の戦いで大敗したのが663年。
『日本書紀』天智天皇称制5年(666年)10月高句麗から派遣された使節の中に「若光」の名があります。このころは唐・新羅連合軍により、高句麗はかなり危機的状況になっていたので倭国に救援を乞うためだったと思われる。
高句麗が668年に唐と新羅によって滅ぼされてしまったため、「若光」は二度と故国の地を踏むことは無かった。
高句麗からの亡命者を天智天皇が朝廷で重用したことは、よく知られていますが、
『続日本紀』文武天皇大宝3年(703年)に「従五位下高麗若光に王の姓を賜う」と記されています。その若光が、716年に武蔵国に新設された高麗郡の首長として当地に赴任し、高句麗人1799人とともに未開の地であったのを開拓に当たった。若光が当地で没した後、高麗郡民はその徳を偲び、御霊を「高麗明神」として祀りました。これがこの神社の御祭神です。

門前にある将軍標(チャンスン)は朝鮮半島の古い風習で、村の入り口に魔除けのために建てたそうです。平成4年に大韓民国民団埼玉県地方本部によって奉納されたもの。
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これは二の鳥居
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李王朝最後の皇太子と妃が昭和17年に植樹された杉が立派に育っています。
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高麗神社は、若光の子孫が代々宮司を務め、現宮司は60代目になるそうですが、ご祭神の子孫が代々宮司を務めている神社というのは極めて珍しいと思う。
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高麗家住宅としだれ桜

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高麗家住宅は、高麗神社の宮司を代々務めた高麗氏の旧住宅で、1596年建築のもの。
しだれ桜は樹齢400年。

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ひがん桜

本殿前にあり、樹齢300年
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ひがん桜の根元にある、折口信夫の歌碑
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山かげに 獅子ぶえおこる
  獅子ぶえは 高麗のむかしを
     思へとぞ ひびく




櫻行脚トップページ(桜の一覧)には、下記クリック
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/sakuratop.html


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちわ

高麗神社ですか、2年程前の秋に、「巾着田」の彼岸花の撮影後に行きましたが、桜の季節も中々雰囲気が良いですね。

私の場合、「巾着田→日和田山→ユガテ」と言うルートでハイキングをするのが好きです。特に、ユガテは花が沢山咲いていて、良い場所だと思っています。

No title

すごいっすね。
凛としてすばらしい。
芸術ですなぁ~!

コメントありがとうございます

matsumoさん
ここ、ご存じだったんですね。
私の家から車で30分かからないので、
好きな場所です。
日和田山→ユガテも、一度しか行ってませんが
好きです。
これから通おうと思います。

Sunday1さん
ありがとうございます。
ほめていただくと嬉しいです。
櫻はいいですよね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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