縄文土器

20110614

今年から、市のコミュニティ・カレッジで歴史の講義を受けている。
週に一回1時間半の講義。
そして、月に一回市の史跡めぐりがあって、その時は朝8時半から12時半までの半日となる。
このあいだ、その史跡めぐりで縄文時代後期の遺跡を教わった。
なんと、場所が家から歩いて10分くらいのところ。
別に遺跡だという説明書きも看板も無い。
ただ畑が広がっているだけ。
市の博物館の館長さんが講師なのだが、畑のあぜ道を歩きながら、ひょいひょいと何かを拾って歩き、縄文土器だから一個ずつ持っていっていいよと。
いやあ、ビックリしました。
畑を耕すと、土中の土器のかけらが表面に出てくるのだ。

その時にもらって帰ったものを洗って乾かして、それを見ていると何とも不思議な気分になった。
縄文時代後期として、1万年から5千年くらい前の縄文人が使っていたものである。

そのあと、2回そこに行ってみた。
もちろん、畑の中に入るわけにはいかないので、畑のあぜ道で探した。
たぶん、畑で出た石などをあぜ道に放り出すので、けっこう転がっているのだ。
それらしいものを沢山拾ってきたが、洗ってみると石とか瓦がほとんど。
決め手が欲しいなと思って、市の博物館に行って、縄文時代の土器や石器をとっぷりと眺めてきた。
それで、間違いないと残ったのが、これだけ。
右側の二つは石器の破片だ。
あの日、館長さんからもらったのが右から2番目のもの。
左から2番目の列の、一番手前のものは彫刻の溝がはっきりわかる。
土器の取っての部分に、人面とか動物とかの彫刻があるんだよね。
110614joumon.jpg


その問題の遺跡だが、場所が入間川という大きな川からちょっと上がった高台にある。
入間川というのは多摩川のなごりで、縄文時代には多摩川はここを流れていたのだそうだ(笑)
網の重りに使った石器も出ているので、この川で漁労をしていたのは間違いない。
しかし、川がよく氾濫するので、河原にはもちろん住めない。
そこからちょっと上がった高台がいいのだ。
おまけに、近くに豊富な湧水があり、そこから小川が流れていて、とても住みやすかったのは間違いない。
ここからは、耳飾りとかペンダント状の首飾りとかも見つかっている。
考古学の面白さの一端に触れた。

私が見つけたいなと思うのは、黒曜石で作ったもの。
黒曜石は、長野県八ヶ岳の山麓でしか取れない。
市内の遺跡から、これが出ているということは、縄文時代既に埼玉県のこの辺と長野県八ヶ岳の山麓とが交流があったということである。

私も長野県で取れた人間だから、もしかしたら黒曜石で作ったものを見つけられるかもしれない、なんて勝手に思ってるが(笑)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちわ

市民大学に参加されていらっしゃるのですか。私が住んでいる所でも、市民大学とか、○○講座とか、結構、あるのですが。

遺跡は結構、私の家の近くにもあります。ビルの建設現場で、昨年末から3ケ月間位、遺跡調査を行っていた所もありました。

そう言えば、亡き父が昔、石で作られたヤジリを持っていたのを思い出しました。多分、探せば、出てくると思いますが。

matsumoさん

コメントありがとうございます。

今年初めて参加しましたが、
けっこう楽しいものですね。

もちろん日本中遺跡だらけですよね。
大昔も、たくさんの人間が住んでいたようです。

石器のヤジリですか、いいなあ(笑)
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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