第7番川崎大師平間寺/関東三十六不動めぐり

20110721

18日に川崎大師に行ってきました。

京急「川崎大師」駅から歩いて5,6分でした。
門前市の賑わいから、やはり川崎大師はすごいなあと思った。
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大山門です。
開創八百五十年の記念事業として昭和52年落慶。大山門は、堂塔、伽藍をかこう浄域結界の総門である。門の四方には、京都・東寺の国宝・四天王像を模刻造立した、持国天像〔東方〕、増長天像〔南方〕、広目天像 〔西方〕、多聞天像 〔北方〕が奉安されている。
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大山門にかかっているちょうちんも、浅草雷門のと同じくらい大きい。
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本堂前の広場。
今日は休日でもあり、「風鈴市」が開かれていることもあり、人が多いです。
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本堂
本尊の「厄除け弘法大師」について説明しておきます。
平安時代の後期、第七十五代崇徳天皇の御代、平間兼乗という武士が、無実の罪によって生国尾張を追われ、諸国を流浪したあげく、川崎の地に住みつき、漁猟をなりわいとして暮らしを立てていた。兼乗は深く仏法に帰依し、とくに弘法大師を崇信していたが、我が身の不幸な廻り合わせをかえりみ、また当時四十二歳の厄年に当り、日夜厄除けの祈願を続けていた。
 ある夜、一人の高僧が兼乗の夢枕に立ち、「我むかし唐に在りしころ、我が像をつくり、海上に放ちしことあり。己来未だ有縁の人を得ず。いま汝速やかに綱し、これを供養し、功徳を諸人に及ぼさば、汝が災厄変じて福徳となり、諸願もまた満足すべし」と告げられた。兼乗は海に出て、光り輝いている場所に綱を投じたところ、一体の木像が引き揚げられた。それは尊い弘法大師のお像であった。
 その頃、高野山の尊賢上人が諸国遊化の途上、 たまたま兼乗のもとに立寄られ、尊いお像とそれにまつわる霊験奇瑞に感泣し、兼乗と力をあわせて一寺を建立したのが当寺のおこりである。そして兼乗の姓「平間」をもって「平間寺」と号し、ご本尊を厄除弘法大師と称した。大治三年(1128)のことである。
 兼乗は、この信仰のおかげで、青天白日の身となり、晴れて再び尾張の国に帰任した。
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このあと、お不動さんにお参りするため、「不動門」から入りなおします。
昭和52年、新山門が建立されるのに伴い、「不動門」として移築されたもの。
 この門は第四十三世隆超和尚が、第二次世界大戦で烏有に帰した浄域にいちはやく有縁の地より移築されたもので、当山の戦災復興の緒をかざる重要な建造物として、現在に至っている。
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不動堂
 当山の不動堂は、明治二十三年、成田山新勝寺不動明王の御分鉢を勧請して創建されたが、第二次世界大戦の戦禍によって焼失した。
 現在の不動堂は大本堂と同時に、昭和三十九年四月吉例大開帳奉修を記念して建立されたもの。
御本尊の不動明王像(秘仏・酉年開帳)は、昭和三十九年三月十二日、大本山成田山新勝寺より勧請した御分体の不動尊である。
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ご朱印をいただいた。
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遍路大師尊像です。
諸国を巡錫されたお大師さまの健脚にあやかろうと、みなさん遍路大師尊優に献水しています。
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奉納された「わらじ」
可愛らしいのもあって、ほほえましい。
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八角五重塔
塔内の二層には両界曼荼羅並びに真言宗祖師恵果和上、弘法大師、興教大師の三尊像、初層には金剛界五智如来尊像、真言八祖尊影、地階慰霊堂には釈迦如来尊像が奉安されている。
塔の八角は真言の様式にかなうよう、華麗にして格調ある形であり、最も円に近い建造物の形といわれ、「包容力」「完全性」が象徴されている。
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祈りと平和の像
すぐ近くまで風鈴市の屋台があって、全体を撮れなかった。
また、雨がポツリポツリと落ちてきてレンズが汚れている。
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高浜虚子の句碑
  「金色の 涼しき法の 光かな」
この句碑は高浜虚子翁の絶筆である。
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まり塚
毎年5月21日に「まり塚まつり」があり、有名芸能人による芸能の奉納があるそうです。
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(15)

境内で行われていた「風鈴市」
既に記事にしています。
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-737.html


ホームページ関東36不動トップページ
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/kantou36fudoutop.html




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コメント

No title

四季歩さん、こんにちわ

海が光り輝いている場所に仏像があったと言う話、色々なお寺の縁起にありますね。確か、島根県の「一畑薬師」や、大阪府泉佐野市の「法楽寺」もそうでしたし。また、信濃善光寺の仏像は難波の堀にあったものだそうですし。

普通に考えれば、誰かが彫ったものに値打ちを付けるために話を作ったと言うことなのですが、もしかして、海外の難破船からのものが見つかったとか言うのかもしれませんね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
現代だと、こういう話は眉唾物だと、私なんかも
引いてしまうのですが、
昔のように、江戸時代になって庶民の生活も安定
するまでは、なにかにつけ「無常」の世だったわけで、
病でも一夜でコロリと死んだり・・・・
だから
「奇跡」の話も必要だし、信じられたのでしょうね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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