第16番目青不動尊・教学院/関東36不動めぐり

20110829

26日に行ってきました。
田園都市線「三軒茶屋」駅を降りて地上に出ますが、そこの交差点(国道246号、世田谷通り、茶沢通り)に不動明王が上に載った「大山道」の道標があるというので、それを探しました。
立派な道標です。
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そこの案内を読むと、三軒の茶屋のうち「石橋屋」の前に渋谷に向いて立っていたと書かれているので、今の向きは違いますね。
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三軒茶屋には昔、その名前どおり三軒の茶屋がありました。丹沢の大山阿夫利神社、大山不動へお参りに行く「大山道」としてにぎわっていたやがて近道(今の玉川通り・国道246)がつくられ、分岐点に三軒の茶屋「しがらき(後の石橋屋)」「角屋」「田中屋」ができ、大山詣や多摩川行楽の人々の休み処として、いつか三軒茶屋と呼ばれるようになったということです。
石橋屋には、幕末の志士・坂本龍馬の写真が残されており、彼や高杉晋作も三軒茶屋で遊んだのではと想像されます。

駅から歩いて5,6分で目青不動に着きますが、新参詣道から入ることになります。
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旧参詣道は、こんな感じ。
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正面が本堂、右手に不動堂があり、境内は樹に覆われて、暑さを忘れさせてくれます。
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不動堂
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教学院は竹園山教学院最勝寺という。慶長9年(1604)玄応大和尚の開基になり江戸城内紅葉山にあったが、後赤坂三分坂に移転した。更に寛永8年(1631)、第5世法印岸能大和尚のとき青山南町4丁目に移ったが、延享年間と宝暦年問の2度の火災で古記録を失い、その間の詳しいことは明らかではない。
元禄年間までは、麹町山王成琳寺の末寺であったが、貞享4年(1687)旧相州小田原の城主大久保加賀守の菩提寺となって寺運隆盛となり、東叡山輪王寺の直末寺となった。後に大寺の格式となり、比叡山延暦寺の末寺となった。
明治41年、第17世権僧正寛葆大和尚の代に、太子堂町の現在地に移転した。
別堂には不動明王像を安置してあり、これが目青不動尊である。これは目黒不動、目白不動、目赤不動、目黄不動と共に江戸五色不動の一つとして有名である。この像はもと麻布の観行寺の本尊であったが、同寺が廃寺となったので、明治15年青山南町4丁目にあった教学院に移され、青山のお閻魔さまといわれていた。この像の右脇侍は閻魔大王、左脇侍は奪衣婆が安置されているので、この不動堂は一名閻魔堂ともいわれる。
なお、この像の作者は目黒不動尊と同一人といわれている。

本尊の不動明王は秘仏だが、御前立の不動明王は暗がりの中かろうじて拝見できます。
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脇侍の閻魔大王と奪衣婆は、暗くてまったく見えなかった。
閻魔大王像はガイドブックに写真が載っているので、転載しておきます。
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奪衣婆は、俗説では閻魔大王の妻であるという説もあるので、脇侍として並んでいるのでしょう。


ご朱印をいただいた。
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境内を見て回ると、まず「夜叉塚」がある。
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夜叉塚は、この世で悪鬼、夜叉となって死んだ人々を慰めるために建てられたのでしょうか。
夜叉は、仏教では、天界にいて、仏界の守護を司る八部衆のひとつです。インド神話の悪鬼は大日如来によって、夜叉、天、龍、阿修羅、乾闥婆、緊那羅、迦楼羅、摩睺羅伽の八部衆に分けられ、仏の道へと導かれたと伝えられます。
どうも夜叉塚がひっかかりますが、これ以上はわかりません。

立派な石塔があります。
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恵心僧都作の阿弥陀如来と聖徳太子の作といわれる聖観音像を安置している本堂。
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世田谷区の「名木百選」に選ばれた樹木「チシャノキ」。
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根もとに、「空蝉」が。
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拙ホームページ関東36不動トップページ
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/kantou36fudoutop.html






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コメント

No title

四季歩さん、こんにちわ

「大山道」ですか、落語に「大山詣り」と言うのがあり、確か、品川宿で泊まりましたので、てっきり、大山には東海道経由で行くのだと思っていましたが、三軒茶屋の方からの道もあるとは全く知りませんでした。

目青不動尊・教学院、私も行きましたが、大通りに面していないので、ちょっと、場所がわかりにくいですね。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
大山詣では盛んだったようですね。
私の家の近くに「大山灯篭」があります。
これは、大山講の代表者が参詣
(これを代参といいます)
している間、残った組の者が輪番で、
無事を祈って火を灯したそうです。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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