新海三社神社・国立天文台野辺山

20111005

10月1日のことですが、上信越自動車道佐久インターで降りて10分ほどのところにある私の両親の墓参りを済ませたあと、清里・野辺山のほうに向かいましたが、最初に立ち寄ったのが「新海三社神社」です。
小海線・臼田駅の東2Kmほど、五稜郭で有名な龍岡城跡の前を過ぎて、しばらく進むと、この神社があります。
境内入口の立派な鳥居
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新海三社神社は、佐久地方を開拓したといわれる「興波岐命」(オキハギノミコト)を主祭神としてまつっている。
オキハギノミコトは諏訪神社に祀られる「建御名方命」(タケミナカタノミコト)(諏訪さま)の子供である。
タケミナカタは、オオクニヌシノミコトの子供で、天孫族の出雲の国譲りの争いに抵抗し、諏訪まで逃げたものの、ついに降伏したという言い伝えをもっています。
それと、御伯父神「事代主命」(コトシロヌシノミコト)を加えて三社となります。
現在は、もう一神、源氏の祖神誉田別命(ホンダワケミノミコト)(八幡さま)を更に加えて4神をまつっている。
佐久三庄三十六郷の総社ということになります。

浅間山とも関係のあるコノハナ(ノ)サクヤという神名を、『日本書紀』では木花開耶姫、『古事記』では木花之佐久夜毘売と表記していることから、佐久=開の読み方が8世紀には存在していたことがわかります。興波岐神は新佐久神とも呼び、それが新開、新海とも書かれるようになったようです。

それから、この地「田口」は佐久地方で初めて田が開かれた場所といわれています。

拝殿
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拝殿の左右には立派な巨木が聳えている。
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拝殿の後ろに三社が並んでいる。
左から西本社(事代主命)、中本社(建御名方命)、すこし離れて東本社(興波岐命)
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古来、武将をはじめ人々の崇敬あつく、源氏、足利氏、田口氏、武田氏、徳川氏、大給氏らが社領寄進・神殿修理再建等を沙汰している。わけても源頼朝は源氏の祖神「誉田別命」をまつるべく沙汰し、甲斐源氏の流れをくむ武田信玄は永禄八年(一五六五年)上州箕輪城攻略の際、戦勝祈願文を奉り見事勝利をおさめている。
現在の西本社と中本社は武田信玄が寄進したもので、立派な風格なものです。
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西本社と中本社は繋がった構成ですが、その間に、小さな空間があり、祭神が降臨する「御魂代石」が祀られています。これに耳を寄せると諏訪湖の水音が聞こえると、本に書いてあったので楽しみにしていたのですが、残念!
社殿の周囲は縄で結界されていて近づくことができません。
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神楽殿
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立派な三重塔が立っています。
ん?    神社に三重塔はおかしいだろ?
説明を読んで納得しました。
隣接する神宮寺の塔として建立され、明治維新の排仏毀釈の際には破却されそうになったが、神社の宝庫と主張して破却をまぬがれたそうです。 
排仏毀釈の、寺など壊してしまえというのはかなり乱暴な話で怒りを覚えますが、どう見ても「倉」ではないよね(笑)
まあ、役人もその主張でホッとしたんでしょうな。
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風鐸の銘により永正12年(1515)の建立と考えられる。様式は和様を主としながらも随所に禅宗様が取り入れられて居り、初重と二三重の垂木の方向の違いなどにそれが見られるそうです。

境内に佐久地方の酒樽が勢ぞろい。
呑べえにはこたえられない図です(笑)
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また、境内にたくさんの「道祖神」が並んでいました。みんなカップル(笑)
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新海三社神社をあとにして、途中道沿いでお蕎麦屋さんを見つけて昼食。
それから佐久穂町の「奥村土牛記念美術館」を見てから、野辺山に向かって、千曲川沿いに上がっていきます。

この辺には海がついた地名が多い。
順に、「海瀬」、「小海」、「海尻」、「海の口」
この辺は、糸魚川-静岡の「フォッサマグナ」(大地溝帯)にあたり、太古の昔日本列島が西日本と東日本に分かれていた時に海だったところです。
その後隆起と堆積で日本列島が一つにつながったわけです。
だから、私が生まれ育ったのは上信越自動車道佐久インターの近くですが、近くに貝の化石が取れるところがありました。
子供心に、こんな山奥なのにと不思議に思ったものです。

野辺山まで上がってきて、まだ時間があったので「国立天文台野辺山」をちょびっとのぞきにいきました。

ここには、野辺山太陽電波観測所、野辺山宇宙電波観測所がおかれています。国立天文台野辺山の設備は、全国はもとより世界中の研究者に解放し、電波天文学における国際的な拠点としての役割を担っています。 また、南米チリにある「ASTE(アステ)望遠鏡」も野辺山から遠隔操作を行い、運用しているそうです。

光も電磁波のひとつですが、ここでは電磁波で太陽や星の観測を行っているわけです。
波長(歩幅)が長ければ長いほど、前にある小さな障害物の影響を受けにくくなるので、波長の長い電波を使うと、可視光では見えない宇宙の姿が見えるようになります。また、電波観測では、宇宙からやってくる電波が雲や大気にあまり邪魔されずに地表で観測できるという大きな利点があります。

まず巨大な電波望遠鏡が林越しに見えてきました。
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「45m電波望遠鏡」、「ミリ波干渉計」、「電波ヘリオグラフ」が並んでいる姿は壮観です。
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「45m電波望遠鏡」
いまは真上を向いていました。
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「電波ヘリオグラフ」が、ある間隔で並んでいるところと、びっしりとくっ付いて並んでいるところがあった。
よくわからないけど、すごいんだろうなと眺めていました(笑)
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この日は、このくらいで切り上げ、川上村の「岩根山荘」に泊まることにしているので、そちらに向かいました。

次回は、「岩根山荘」と清里のあちこちです。





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コメント

No title

こんばんは

佐久と言えば武田と信濃の豪族らが戦いに明け暮れた所ですよね。新海三社神社参拝してみたいです。タケミナカタノミコトは知っています。その子供が開拓したところとは、歴史の古い所でもありますね^^私はそういう所が大好きです。

電波望遠鏡、凄いですね!
ひょえ~、45mですか!

No title

四季歩さん、こんにちわ

新海三社神社には道祖神が多数あるとのこと、道祖神フリークの私は行きたくなりました。小海線の臼田駅からですか、ううん、小諸駅からでも結構、距離がありますね。大昔、仕事でこの駅に降りたことがあります。そして、ある所に行き、依頼をしたのですが、断られて、ガッカリして帰った記憶があります。

電波望遠鏡は、獅子岩や飯盛山からよく見えますが、その側に、小さなものが沢山並んでいることは初めて知りました。

No title

四季歩さん
この国立天文台の景色は圧巻ですよね。子供たちが小さい頃家族で行ったのですが、大喜びでした。もちろん私も!
科学大好きの息子は、鳩山の地球観測センターのパラボラアンテナでも充分満足してたのに、こちらの規模の大きさには度肝を抜かれました。

神話の世界から宇宙まで、楽しい旅をなさいましたね。

コメントありがとうございます

kurt2さん
そうなんですよ。
私が生まれ育ったところは、まだ信玄が若いころに
征服したところで、力に任せて制圧したので、
かなり痛い目に合っているようです。
私は武田信玄が大好きなんですが。

matsumoさん
道祖神お好きですか!!
いいですよね。私にとってはとても身近な
存在です。
ここでもいいですが、あの辺では「望月」が一番有名です。
「望月の駒」の産地、望月です。
http://picasaweb.google.com/narashinoellin/RoysfF#
長野県全体の有名な道祖神なら
http://outdoor.geocities.jp/tabiraku1234/iseki/dousosin.html

Jさん
野辺山天文台、行ったことあるんですね。
あそこは、ズラッと並んだアンテナ見てるだけで
楽しいですよね。
鳩山の地球観測センター、知りませんでした(汗)
こういうの大好きなので、さっそく行ってみます。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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