奔る合戦屋/北沢秋

20111110

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『哄う合戦屋』で評判を呼んだ北沢秋の第二弾です。
「哄う合戦屋」は面白かった。
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-268.html

読んでみると、前作の主人公「石堂一徹」の若い頃の話しでした。
石堂一徹は中信濃の豪将・村上義清に仕えていた。
妻子に恵まれ、また並外れた戦術で台頭していく一徹。
しかし、佐久を巡って甲斐の武田との争いが熾烈になる中、義清と一徹の関係は少しずつ変化していく。
「家臣との才能が主君のそれと比べて釣り合いを逸すると、互いに不幸になるのではないか・・・。」

前作では、石堂一徹一人が登場していたが、今回は石堂家の話から始まる。
石堂家は三代目の信豊から村上家へ仕えたという。
一徹の父、五代目当主・龍紀は、勘定奉行であり次席家老の要職にもあって、 私を滅して見事にその責務を果たしているが、 譜代の家臣たちからは、未だに 「新参者」 としての差別を受け続けている。
弟の一徹は村上家最強の軍団を率い、父と兄は補給を一手に引き受け、村上家の戦を表と裏で屋台骨となる石堂家・・・。
彼らは譜代衆でなく、外様の為、褒美も少なく、武を重んじる家風で内政に関しては褒章も出ない。
そんな中、欲も出さず、村上を戦国の雄とすべく奮闘し、そして、村上家を思うあまり、主君義清に直言も辞さない一徹。
しかしながら、主君義清は、年下の一徹が自分より戦略眼が優れているとは認めようとせず、主従関係に微妙なズレが生じてきます。
ズレを感じながらも、一徹は、村上家の最善を尽くす為、直言を続け、それを疎ましく思った義清が一徹に内緒で放った思慮の浅い手が、一徹の家族に大きな災いを呼び・・・・・・・・・

石堂一徹が村上義清の軍師として、村上家をおおきくするため知略に優れた働きをし、家庭では妻・朝日と愛娘の幸せな日々を送る・・・・・
しかし既に「哄う~」を読んでおり、そこでの孤独な石堂一徹を知っているだけに、石堂一徹の幸せな日々が暗転する結末がわかっているだけに、ちょっとつらかった。
もし「哄う~」も「奔る~」も読んでいない人だったら、「奔る~」から読むことをお勧めする。


私にとって新鮮だったのは、佐久での村上義清と武田信虎の争いである。
私は佐久で生まれ育った。その後大人になって武田信玄に興味を持ち、いろいろな本を読んで武田信玄の佐久攻略について知ることができた。
小豪族が群居するばかりだった佐久を武田信玄が斬り従えたと思っていたのだが、それ以前に村上義清と武田信虎による、侵略争いの綱引きがあったのだ。
武田信虎による、直接農民を慰撫する政略が巧みだったようで、戦上手なだけの村上義清をじわじわと追いつめていたようだ。

この本に書いてある話からは外れるが、たぶん武田晴信(信玄)が父の信虎を追放した時、武田晴信が若いことを危ぶんで村上方に走った豪族に対して、晴信は苛烈な処断をせざるを得なかった。
それが、抵抗が激しかったため戦の後、見せしめに首が1000も並べられたという話で残っているのだろう。


上司よりも部下のほうが出来過ぎていた場合の悲哀については、多くのサラリーマン諸君の共感を呼ぶのではないか。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちわ

まあ、一般論として、部下は上司より能力があると思っている人が大部分ではないかと思います。酒の席ですと、上司や社長の悪口を言うのが常のような気がしますし。

私の経験ですと、才能ある部下はドンドン、他の部署に追い出されて行ってしまいました。私は才能が無かったので、ずうっと同じ部署におりました。もっとも、その代わりに偉くなれませんでしたが。



matsumoさん

コメントありがとうございます。
私は比較的移動が多かったほうですが、
matsumoさんの言われるような才能があるから、
でなしに例外のほうでしたよ(笑)
ほんとにね、上には不満だらけですよね(笑)
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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